第57話 クリフの思いがけない再会
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俺がこのホテルに来て一週間が経った。アルバイトをしたお陰で、宿泊代を差し引いても手取り分が少し残った。ヴォルスは日雇りで賃金を支払ってくれた。手持ちのお金が少なくなっていたから俺はとても有り難かった。
初めてだ。自分で働いてお金を貰うことに。同じ銀貨でも一段と輝いて見え、違うものに見える。
毎日、この街の至る所でエミーリアを捜したけど、彼女は見つからなかった。それらしい情報も無い。この街にはこの国で一番大きい学校があると聞いた。だから彼女は此処にいると思っていたが、この街は諦めて隣町へ捜しに行った方が良いのかもしれない。
そんな事を考えながらホテルの横の公園に行った。今日は休日だからか屋台も並んで、一段と人が多い。自分の年齢に近い子が沢山いた。俺は目についた二人の少女たちに声をかけた。
「あ、あの……」
楽しく会話をしていたところを急に声をかけたからか、剣を腰から下げ、後ろで控えていた護衛がすぐ俺たちの間に入って来た。
「あ、す、すみません。なにもしないから。ちょっとお尋ねしたいことがあって……捜している子と同じような年代に見えたので、聞きたい事があって。綺麗な黒髪で綺麗な紫色の瞳の女の子をご存知じゃありませんか?」
怪しまれないように、怖がられないように出来るだけ丁寧に尋ねた。
「いいえ、知らないわ」
藤色の髪の少女が答える。
「そちらのご令嬢もご存じでしょうか?」
もう一人の少女に聞くと、目を見開いて首を横に振った。突然、見知らぬ人から声をかけられたから怖かったのかもしれない。声が出ないようだった。似たような年齢の子たちだったから、もしかしたら知っているのではと思ったけど。
「その令嬢とは、貴方はどういうご関係?」
藤色の髪の子が俺に訊く。怪しい人かと思われているのかもしれないと思うと苦笑するしかなかった。
「元、婚約者なんだ……でも、謝りたくて……今までの事を謝りたくて……謝ろうとしたらいなくなった」
俺は今、自分の思っていることを口にした。
「元婚約者の令嬢に何をしたの?」
藤色の髪の子は少し眉間に皺を寄せ、訊いてきた。当然のことだ。謝りたいのなら何かしたんだろうと考えるはず。けれど俺は、彼女に何もしてこなかった。
「何もしていない……彼女に何もしてこなかった。俺は本当に……情けない程に何もしなかったんだ。婚約者としてちゃんと話をしたり、花を贈ったり、もっと寄り添わないといけなかったのに……当たり前の事をしてこなかった。だからどうしても謝りたかったんだ。この国に来ているのは確かなんだ。だが、1週間捜しても見つからない。何処にいるんだ、エミーリア……エミーリア……」
俺は両手で顔を覆い、口に出して彼女の名前を呼ぶ。今となっては謝っても遅いのかもしれない。いや、もう遅いだろう。だけど、何もしてこなかった俺は最後のケジメを付けたい。もう寄り添う事は出来ない。だから、最後に謝りたい。
「婚約者を蔑ろにして来たのね」
藤色の髪の女の子の冷たい声の一言は、グサっと胸に突き刺さった。
他人に言われなくても分かっている。分かるまでに時間がかかってしまったけれど。
彼女たちは見つけたら教えてくれると言ってくれた。でも、エミーリアが会いたくないと言ったら会わせられないとも。そう言われたら、望みが薄いと感じた。しかたがない。エミーリアは俺に会いたくないだろう。
けれど、それから2、3日後に思いもかけない人が俺を訪ねてきた。ドルーニア国の学園で教師をしていたエリク先生だった。
「え? エミーリアの居場所を知っている?」
何故、エリク先生が彼女の居場所を知っているのか不思議だったが、もうそんな事はどうでも良かった。
「先生! 俺、エミーリアに会いたいんです。会わせてください」
「何故、会いたいんだ? 彼女の事を思ったら会わない方が良いとは思わなかったのか?」
暫く俺は何も言えなかった。ただ、謝りたかった。エミーリアの気持ちを考えていなかった。それでも……。
「俺はただ……謝りたかっただけです。だけど、エミーリアが会いたくないと言えば……諦めます」
俺は歯を食いしばった。俺の気持ちばかり押しつけても仕方がない。婚約破棄をしたのは俺だ。
「ただ、会えるのなら会って話をしたい……です」
自分の気持ちを押し付けるのもどうかと思いながらそう呟いた。エリク先生はじっと厳しい表情で俺を見つめる。暫くの沈黙の後、先生は俺の頭をワシャワシャと撫でまわした。
「分かった。エミーリア嬢に会わしてやる」
「え? 彼女の許可を取ってからにしてください」
「その彼女から許可は取ってあると言うか……クリフ、お前こっちに来てから一度エミーリア嬢に会ってるんだぞ!」
「え?」
エリク先生が何を言っているのか分からなかった。いつ俺がエミーリアに会ったと言うんだ? 会えば俺だって分かるはずだ。必死で頭の中で記憶を辿る。やっぱり彼女に会った記憶がない。
「まあ、会えば分かる。3日後の昼から空いているか? その時にエミーリア嬢を此処に連れてこよう」
「あ、会えるんですか? 本当に!?」
嬉しい感情が込み上げて、目が熱く感じ涙が溜まる。大げさかもしれないが夢を見ているようだった。
「ありがとう、先生!! ありがとうございます!」
俺は必死にエリク先生に何度も頭を下げた。そんな俺を見た先生は呆れるようにして軽く溜息をつく。
「クリフよ……そんなに頭を下げられても……お前が此処まで頑張ってエミーリア嬢を捜していたからだ」
そう言うと支配人を呼んできてくれと先生は俺に頼んで来た。どうしてだろうと思っていたら、エミーリアと会うときに一部屋数時間借りたいと相談していた。
支配人のヴォルスは目を見開いて驚いていたが、快く一室を貸してくれると約束してくれた。その費用も先生が支払ってくれる。一度は、俺が支払うと言ったが、この件はエミーリアの兄、ラルスから頼まれているから最後まで面倒を見させてくれと言った。
「ありがとうございます……」
俺は苦笑するしかなかった。やっぱりエミーリアの兄、ラルスはかなりのシスコンだなと。婚約者のルシアも溺愛しているくせに、妹にまで溺愛している。そんなラルスに俺は試されているような気もした。すべて彼の掌の上で転がされているそんな風にも感じる。
「先生、部屋じゃなくて外でもいいです。エミーリアもその方が安心して俺に会えるんじゃないですか?」
室内の誰もいない一室だと、不安に感じるだろう。当然、俺は一室の部屋だからと言って、エミーリアに何かするつもりもない。そんなバカな事は考えないし、本当に何もしない。
「ああ、私もそうしたいんだが、事情があってそれが出来ないんだ。多分、エミーリア嬢も外より室内の方が安心できる。人の目に付くところじゃ駄目なんだ」
俺は首を傾げた。
「大丈夫だ、お前達二人だけにはしない。私も一緒にいるから」
俺はホッとした。エリク先生が一緒にいてくれるな大丈夫だ。エミーリアも不安に感じないだろう。
「それじゃ、3日にまた来るよ」
そう言って先生は帰って行った。俺は未だに夢を見ているかのようだった。先生が目の前に現れただけでも驚きだったのに、エミーリアの居場所を知っていて会わせてくれると。
俺はその夜、ベットに寝転んでずっと思い出していた。エリク先生は、エミーリアと俺が一度会っていると言っていたけれど、やっぱり記憶がない。いつ会ったんだろう。記憶が無いことに不思議だった。でも、やっとエミーリアに会える。先生も会えば分かると言っていた。会えることに素直に嬉しい。ちゃんと謝るんだ。謝って、俺は前に進むんだ。
俺はテーブルの上に置いてあるスターチスの花を眺めた。
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次回更新は8月27日0時10分頃の更新予定をしております。
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