第48話 僅かな確率
拙作ですが、よろしくお願いします(#^.^#)
窓から朝の陽が入り込む階段を登り、2階に上がるとすぐ正面が職員室だ。私が丁度、職員室の前まで来ると、エリク先生が職員室から出て来られた。
「エリク先生、おはようございます」
「ああ、ブロッサム嬢、おはよう。こんな朝からどうしたんだ?」
先生は薄いブルーの白いワイシャツのボタンを上から3番目辺りまで外して、袖は肘下まで捲り上げていた。爽やかな印象だった。
「先生に相談したいことがありまして」
先生は周りをキョロキョロし、傍に誰もいないことを確認すると、私の耳元で囁く。
「相談? 他の先生に聞かれるとまずい相談か?」
「はい……」
察しの良い先生だ。兄が頼るだけのことがある。
「じゃあ、談話室に行くか」
職員室の奥の窓際にあるガラス張りの小部屋は、先生と生徒の相談部屋のようになっていた。観葉植物が置かれ、落ち着いた雰囲気がある。小さな水槽もありメダカが飼われていた。ポンプで水を循環させ、水流の音までもが心を落ち着かせてくれる。
私は空いている席にすわると、先生は棚に片付けられてるカップを一つ取り出し、紅茶を入れた。
「ここなら、大丈夫だ。どうぞ、まず一口飲みなさい」
先生はそう言うとカップを私の前に置く。
「ありがとうございます」
とても甘いキャラメルの香りの紅茶だった。肩の力が抜けたような感じがする。「……で、相談と言うのは?」
先生は、私が紅茶を一口飲むのを確認するとと訊いてきた。
「はい。昨日、クリスティーナ様と街にお出かけをしてきました。途中で……クリフ・ルピナス様に偶然お会いしました……でも、私がエミーリアだと気づいていなくて。お話も殆どクリスティーナ様としていて……それで、私を捜していると言っていました。とても苦しそうな表情で……。それで、私がこの国にいる事は確かだと、そう言っておりました。なぜ知っているのかも不思議で……でも、こんな事を他の人に相談も出来なくて」
先生に聞いてほしい事を順序良く話そうとしているけれど、なんだか乱雑無章に近い話し方になってしまったような気がした。それでも、私の言いたいことが先生に理解してもらえたようだった。
「そうだね。まず、エミーリア嬢がこの国にいる事が何故クリフが知っているか、という事だね。これは、君のお兄さん、ラルスが教えたらしいんだ」
「はい? え? お兄様が? どうして?」
自分の耳を疑った。いや、なんなら頭も可笑しくなったのではないかと思った。
あの兄が? あんなにクリフを嫌っていた兄が?
本当に私の居場所をおしえたんだろうか?
「卒業パーティーが終わった翌日に、クリフがエミーリア嬢に会いにレグルス家を訪れたらしいんだ。会って話がしたいと。だけど、君が旅だった後だったからね」
「それでお兄様が行き先を教えたのですか?」
会って話がしたい、それだけの理由で教える兄ではない。何かあったはずだ。
「最初は教える気はなかったと言っていた。だけど、少し心打たれることがあったと言っていたな。それで教えてもいいと思ったんだと。どのみち、髪色を変えているんだ。街ですれ違っても分からないさ。それに会える確率なんて僅かだろう」
確かに出会う確率は僅か。街ですれ違っても気づかない。けれど、気付かないけれど、私だと気付かずに向こうから話しかけれる確率なんて考えていないわよね。
お兄様……この僅かな確率は何?
話しかけられて話を聞いてしまった私のこの心情をどうしてくれの!?
エリク先生の話を聞きながら、私は心の中で叫んだ。
「ラルスが言っていたぞ。『会うか会わないかは妹次第だ』って」
「はあ!? いい加減な」
あ、先生の前で素っ頓狂な声を上げてしまったわ。私は慌てて口に手を当てる。先生は一瞬、目を丸くし声を押しころすようにクツクツと笑う。
「エミーリア嬢、相変わらずだな。トーラ侯爵令嬢といるとエミーリア嬢はおっとりとしたように見えるが、なかなか、中身は変われないな……」
「先生、一言多いですわ」
確かに、クリスティーナ様には、たまに言葉遣いや態度を注意されますが。本当にたまーにですけれど……。私はもう一口、紅茶を飲んで喉を潤す。
「エミーリア嬢の好きなようにしたら良いんだよ。話をしようと思うならそうしたら良いし、もし、一人で彼に会うのが不安だったら私が一緒にいてあげるよ。ラルスだって会っても良いだろうと思ったから君の居場所を教えたんだと思うぞ」
会っても良い?
本当にあの兄がクリフ様に対してそう思ったの?
兄が心打たれるほどのことって、何なんだろう。私には想像もつかない事だ。
「先生はどう思われますか? 先生だったら会われますか? 私事を先生に聞くのは間違っているのかもしれませんが、クリフ様の変わりように自分もびっくりするぐらい狼狽えています。それでなんか気持ちがモヤモヤしてて……」
「じゃあ、会ってすっきりした方が良いんじゃないか。ずっとモヤモヤしたままも嫌だろう?」
先生は、然程悩むほどでもないというように軽く笑いながら言った。
言われてみれば、ずっとこのモヤモヤしているのも嫌だ。クリフ様と話をしてすっきりするならそれもありじゃないかしら。少し考え込んでいると先生は嫌な事を言う。
「それに、クリフは会えるまで捜し続けると思うぞ」
私は顔を顰めた。それもそれで迷惑な話だ。本来、私がこの国に留学を決めたのは、自由にこの国の文化を学び、触れること。何のために、髪色を変え、家名を借りたのか分からなくなってしまう。
考えるだけで、胃がキリキリと痛み出してきた。
「まあ、すぐに結論を出さなくても良いだろう。でも、やっぱりエミーリア嬢を一人だけで会わすのは、危険かもしれない」
『危険』と言う言葉に、私はまた顔を顰めた。
「あ、いや……エミーリア嬢が危険と言うわけじゃない。私が危険だと言ったんだ。エミーリア嬢を一人でクリフに会わせたら、ラルスに何をされるか分からないからな」
ああ、そっちね。
エリク先生も兄の事をちゃんと理解しているのね。もしかすると、グーパンの一個や二個、飛んでくるかもしれないわ。そんな事しないと思いたいけれど。
「よく考えて結論をだしなさい。けれど決して一人で会いに行くのは辞めてくれ。ラルスが怖いのもあるが、大事な教え子になにかあるといけないからな」
エリク先生は片目を瞑り、さりげなくウインクをする。
先生の『大事な教え子』とそう思ってくれているのは、分かる。分るのだけれど。ワイシャツをラフに着こなしている先生にウインクされると大人の色気がただ漏れして、なんだかこちらが恥ずかしくなって顔が赤くなってしまう。さり気なくそういう事を出来てしまうあたり、先生はモテるんだろうな、とどうでもいい事を思ってしまった。
「先生、お時間を取らせてしまってすみません。ありがとうございました。また考えてみます」
「おう!」
私は職員室から出て教室に戻った。
教室に来ると、席に座っているクリスティーナ様と目が合った。彼女は小さく手を振っている。その後ろには机にうつ伏せになっているダリル殿下がいた。私は急いで自分の席に着いく。窓際の席は陽が昇り時間が経っているからかポカポカだった。椅子を引いた音で、私が来たことに気付きダリル殿下はこちらをチラリと見た。
「レミリア様、エリク先生とは相談出来たの?」
「はい」
「なんの相談だよ」と不貞腐れていたようにダリルは体を起こし、椅子の背もたれに寄りかかる。もう少しシャキンと出来ないものか、仮にもこの国の王太子だ。皆のお手本とならないといけない立場のはず。
「ごめんなさいね。気にしないで」
申し訳なさそうにクリスティーナ様が小声で言った。
これでは、どちらが人の上に立つ人間なのかが分からない。クリスティーナ様もそれなりに小さい頃から教育を受けてきているのだ。だから彼女はきっと立派な王妃になれるはず。もう婚約者は彼女で良いのではないかと思ってしまう。
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次回更新は7月31日0時10分頃の更新予定をしております。
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