第44話 まさかの再会(2)
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「その令嬢とは、貴方はどういうご関係?」
クリスティーナ様が肩を落としているクリフ様に尋ねた。一瞬、彼は目を瞠ったけれど、すぐに紺色の瞳を伏せる。そして苦笑を浮かべポツリとクリスティーナ様の問いに答えた。
「元、婚約者なんだ……でも、謝りたくて……今までの事を謝りたくて……謝ろうとしたらいなくなった」
「え!?」
力なきクリフ様の声から元婚約者と聞いて、私は驚いて声が出てしまった。
「あら? レミリア様、知っているの?」
「え、あ、ううん、知らないわ……」
驚いた、本当に私を捜していたんだ。けれど謝りたいって何を?
クリフ様の表情は、今まで見たこともない苦しそうなものだった。
悔やんでいる、後悔している、そんな気持ちがこちらまで伝わってくる、そんな表情だった。こんな表情をする彼を見たことが無い。彼が本当に私の知っているクリフ・ルピナスなのだろうか。傲慢で自分勝手、彼はそんな人間だったはずだ。少なくとも私に対してはそうだった。
「元婚約者の令嬢に何をしたの?」
クリスティーナ様は警戒しながら訊く。クリフ様はただ謝りたくてと言っている。当然、何か酷い事でもしたのだろうと考えるのが一般的なんだろうけれど、当の私は何かされた覚えもない。何に対して謝りたいと言うのだろうか。
「何もしていない、何もしていないんだ……彼女に何もしてこなかった。俺は本当に……情けない程に何もしなかったんだ。婚約者としてちゃんと話をしたり、花を贈ったり、もっと寄り添わないといけなかったのに……当たり前の事をしてこなかった。だからどうしても謝りたかったんだ。この国に来ているのは確かなんだ。だけど1週間捜しても見つからない……何処にいるんだ、エミーリア……エミーリア……」
彼は両手で顔を覆い、辛そうに私の名前を呟く姿に私は目を見開いた。彼に一体何があったというのだろうか。婚約者として傍にいた頃とは到底想像もつかないほどの一変したクリフを見て私は驚愕し、血の気が引いていく。
「婚約者を蔑ろにして来たのね」
クリスティーナ様は冷たい目で見る。その言葉に、私の胸にズキッと刺さるものがあった。蔑ろにしてきたのは、私も同じだった。
「……そう言われても仕方がないか。俺はエミーリアを蔑ろにして来たんだ……ごめん。他を捜してみるよ。ありがとう。俺は暫くこの公園の横の宿屋に泊まって、夕方からはそこで働かせてもらってるから、もし見つけたら教えてほしい」
え!? ええええ!? 働いているの!?
声に出そうになった。
私は耳を疑った。
だってまさか侯爵家の嫡男のクリフが働いているなんて、思いもしなかったのだ。本当に目の前の現状に驚くことばかりで、私は愕然とする。
クリスティーナ様は青くなっている私をよそに、彼に名前を聞いていた。
「あなたのお名前は? 聞いても良いかしら?」
「ああ、俺の名前はクリフ」
「そう、分かったわ。見つけたら連絡するわ。でも彼女の方があなたに会いたくないと言ったら、諦めなさい」
無表情のままクリスティーナ様は冷たい声でそう告げる。
流石は侯爵令嬢だわ、迫力があった。そして何処の誰かも分からない令嬢の心情も考えてくれている。
クリフ様は両手をグッと握り堪えるように「……わかった。ありがとう」と言い、トボトボとどこかへ歩いて行った。
その後姿を見ながらクリスティーナ様が、はあ、と軽く息を吐き少し呆れたように言った。
「婚約者に何もしてこなくて婚約解消でもさせられたのかしら?」
……向こうから婚約破棄をしたのよ。
声に出して言えない分、心の中で答える。
「かなり反省しているみたいだけど。なんだか、可哀そうな気もするわね。見つかると良いけど」
……多分、見つけられないわ。
「クリスティーナ様、学院にはそのような容姿の……黒髪と紫の瞳でしたか、そのようなご令嬢はいらっしゃらないのですか?」
ビアンカさんの質問にクリスティーナ様は小首を傾げ、考える。
「私の記憶では……見かけたことが無いわね。シルバーブロンドの髪で紫の瞳なら、此処にいるけど」
クリスティーナ様が私を見る。
私だってバレていないわよね、とタラタラと額から冷や汗が流れる。
「少々気にかかりますね、捜してみますか?」
……捜さなくていいわ。
「そうね、何かの事件に巻き込まれている可能性もあるかもしれないわ」
……いえ、大丈夫。巻き込まれておりません。
「それでは、他の連中にも伝えておきますね」
……え!? どこの連中!?
クリスティーナ様とビアンカさんの会話を聞いて私は心の中で呟いていたけれど、面倒な方向に話が進み、私はさらに顔面蒼白になった。クリフ様を捜している令嬢は間違いなく私だ。けれど、髪の色を変えているから捜したところで、私が名乗り出ない限り見つかるわけがない。
「レミリア様、すごく顔色が悪いけれど大丈夫? もしかして、本当に男性が苦手なんじゃ……」
「あ、ああ、はは、はい……大、丈夫です……クリスティーナ様……」
私は掠れた声を絞り出す。
クリスティーナ様は、ひ弱な声しか出なかった私に、かなりびっくりしたようでビアンカさんに「温かい飲み物を買ってきて」と頼む。ビアンカさんはすぐ近くの屋台で飲み物を買いに行った。
「レミリア様、本当に大丈夫? 今までに顔が真っ青を通り越して白いわ。先程の少年、もしかして知り合い?」
ああ、心が痛む。心配してくださっているクリスティーナ様に嘘をつきたくない。けれど、何処で身分がバレるか分からない。両親や兄との約束もある。それにブロッサム家からも家名を借りている以上、私がエミーリアと知られてはダメだ。
ごめんなさい、クリスティーナ様、と心の中で呟きながら首を横に振った。
「そう……もしかしてと思ったのだけれど、違ったのね」
クリスティーナ様は、ビアンカさんが買ってきてくれた温かい飲み物を私に手渡ししてくれた。手の中の紙コップには甘い香りがする。ミルクココアだ。
「ありがとう」
ココアを一口飲む。血の気の引いた体にじんわりと温かくなる。少しずつ顔にも血色が戻ってきたのが自分でも分かった。気持ちも少し落ち着いてきたわ。
「温かくて美味しい……クリスティーナ様、ビアンカ、ありがとうございます」
「よかったわ」
クリスティーナ様はふんわりと柔らかく微笑んだ。
「少し早いけれど帰る?」
「はい。ちょっと疲れたかも……」
「じゃあ、帰りましょう」
私たちはココアを飲み終わると寮に向かって帰る。話すテンションが下がってしまって殆ど会話がなかった。それでもビアンカさんも「大丈夫ですか?」と気にかけてくれる。
「はい、大丈夫です」
何とか微笑んでみるがちゃんと笑えているだろうか。クリフ様がこの国に来ている事に驚いたけれど、それ以上に以前の彼と全然違った事にも一段と驚いた。そして、私に会いたがっている事にも……。
クリフ様は私に謝りたいと言っていた。その理由が婚約していた時に何もしなかったからだと。
本当に何もなかった。
けれど、それは私にも同じ事が言えるのだ。
話をしなかった。歩み寄る努力もしなかった。
けれど、すでに終わった事だからと自分に言い聞かせた。もう、関係ないと……。それでも心の隅っこで、本当にこのままで良いのかと、考える自分がいた。
寮の門の所まで帰ってくると、ビアンカさんは今朝と同じように私に跪き、手を取り口づけを落とす真似をする。
「それでは、レミリア様。またお会いできることを楽しみにしております」
「今日は、わ、私も楽しかったわ……またお会いしましょう」
クリフ様の事が無ければ本当に楽しい1日だった。出来れば、また一緒にお出かけしたいと素直にそう思った。
見惚れる程の仕草をするビアンカさんを見つめていると、慌てて叫ぶ声が聞えた。
「おい! クリスティーナ嬢!」
声の主は、ダリル殿下だった。血相を変えた彼が立っていた。
「そいつは誰だ! 今日の護衛は女性にすると言っていたじゃないか!」
クリスティーナ様はダリル殿下を一瞥し、私に「レミリア様、また休日に何処かお出かけしましょうね」と微笑した。
「おい! クリスティーナ嬢! 無視するな!」
「さあ、先にお部屋にお戻りになってください。ゆっくり休んで」
「ありがとう……ございます」
遠慮なく、私は寮に足を向けた。
「あ、レ、レミリア嬢! まって……」
「ダリル殿下。声が大きいですわ。すこし黙って下さらない?」
クリスティーナ様はダリルを睨みつける。
彼女がダリル殿下を引き留めていてくれている間に、私は部屋に戻った。
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次回更新は7月 日0時10分頃の更新予定をしております。
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