第27話 早く切り上げたいダンス
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早鐘を打つ胸を押さえつつ並んでいた挨拶の列も次第に短くなり、自分たちの番になった。
私は兄のエスコートで、王太子夫妻の前まで震える足でゆっくりと進む。私達のひとつ前の方の真似て同じことをした。ドレスの両裾を軽く持ち上げ、軽く膝を折り少し頭を下げる。
本来ならば、ここで頭を下げている間、王太子殿下から一言お祝いの言葉を頂けるはず……。はずなのに……目の前の人達は何も言葉を発しない。
どうしたのかしら? と不思議に思い、目線より少し高い所にいる王太子夫妻をチラリと見た。王太子殿下は口をぽかんと開け、王太子妃殿下は扇子で口元を隠し、目を見開いて驚いている。そしてメイナード殿下と似た緑色の瞳と一度目が合うと「申し訳ない」と小さい声で謝ってきた。
これは、きっとお揃いと言いたくなるようなシミラールックの衣装の件だ。王太子夫妻の様子を見れば、このお二人は何も知らなかったようで、全てメイナード殿下のの独断だと言うことが理解出来た。
兄は呆れたようで小さな溜め息を吐く。そして友人でもある王太子殿下に小さい声でコソコソと呟く。
「国王がこの事を知ったら、どうなさるおつもりですか?」
「後ほど弟の件で、エミーリア嬢と話がしたい。帰らずにいてほしい」
本来ならば、王太子殿下からの願いをこちらが断れるわけもない。
しかし兄は、軽く睨みつける。
「今日は妹も疲れておりますので帰らせて頂きます」
話をするつもりはない、と強い意思を示す。
「では、後日……」と王太子殿下が言うと「エミーリア・レグルス嬢、卒業おめでとう」と続けた。
後日と言われても、私は明日にはこの国を発つ。このまま明日、この国を離れても大丈夫なのだろうかと不安になり、隣に立つ眉目秀麗の兄の顔を見た。
「気にしなくて良い」
兄はそっと私の耳元で呟く。王太子夫妻に「ありがとうございます」とお礼を言うと、次は先程から寒気を感じるほどの強い視線の元に向かった。
「メイナード殿下、ご卒業おめでとうございます」
笑顔を張り付けた兄が、メイナード殿下の目の前で先程の王太子夫妻の時のような挨拶をする。私も同様に淑女の礼をした。
「ああ、ありがとう。リアもおめでとう。そのドレス……とっても似合っているよ。綺麗だ」
愛称呼びをされ、一瞬息が詰まった。
そして隣からピキッと音が聞こえたような気がした。私はチラリと兄の方を見る。端麗な顔立ちの兄のこめかみに青筋が立っていて、よく見ると手も握りしめ僅かだけどブルブル震えていた。
「お、お兄様……落ち着いてください」
「ああ、大丈夫だ……」
兄の僅かに震えている手に私はそっと自分の手を添える。それに気づいた兄は微笑み返してくれた。兄がこの状態なので、逆に私は冷静でいられた。
「君たちって、兄妹だよね……まるで恋人同士に見えるんだけど、なんだか妬けるなあ。ラルスには確か婚約者がいたよね?」
メイナード殿下は乾いた笑いをして嫌味を言う。
私は自分の事より兄の方が心配になってきた。兄が暴れだすんじゃないかと冷や冷やする。この場からすぐに離れた方が良いと思い、私はメイナード殿下に敬意を表すように軽くお辞儀をし、腕を少し引っ張り兄を誘導する。兄は私の意とに気づいたようで、一緒にその場から移動してくれた。いずれにしても周りからの視線も痛すぎる。これは……早々に帰った方が良いのかもしれないと思ったけれど、兄も私も本来はこのパーティーをとても楽しみにしていた。なので、この後のダンス1曲くらいは踊りたい。
「お兄様、ダンス1曲踊ったら帰りましょう」
「そうだな」
王太子夫妻と卒業生との挨拶が一通り済んだようで、軽快な三拍子の音楽が鳴り出す。その音楽に合わせて皆がパートナーと手を取り合い踊り出したので、兄は私の手を取り一緒に踊った。
「終わったら早々に帰るぞ。アイツから一緒に踊ろうと言われると困るからな」
手を添えながら体を動かすけれど、兄の神経がピリピリしているのが、伝わってくる。
「お兄様、大丈夫です。女は度胸です。どんとこい! ですわ。どのみち今日までです。何とか乗り切って見せます。それより今はダンスを楽しみましょう!」
ニコリと笑いながら、ステップを踏む。兄は呆気に取られた表情を一瞬したけれど、「我が妹は逞しいな」と笑いながら言った。
私は微笑みながらターンをすると兄も満足気に笑う。周りからは感嘆のようなため息が聞こえた。
暫くは兄と踊ることもない。楽しまないと損だ。これから留学するといろいろな出来事に遭遇する可能性もある。これからはどんな事でも対処できるようにならないといけない。まあ、今日ほどの面倒そうな事はそう滅多にないだろう。そうそうあっても困るけれど。
「エミーリアもダンスが上手になったな。あのお転婆エミーリアが……」
「お兄様のお陰ですわ。たくさん教えていただいたんですもの」
私はにっこりと笑うと兄の瞳には涙が溜まっていた。
「ふふふ、お兄様。どうなさったのですか? 感極まっているのでしょうか?」
「うるさい……」
兄はまるで、娘を嫁に送り出す父親のようだった。そして曲の終わりが楽しいひと時の終わりを告げる。兄と向かい合いお辞儀をする。
さあ、早く帰ろうと足を扉の方に向けた。けれど、曲が終わると同時にメイナード殿下が私の前に来たのだ。
「リア、私と一緒に踊ってくれないか?」
微笑みながら私の目の前に片手を出す。
隣の兄は何か言葉を発しようとしたけれど、私はそれを制止した。
「お兄様、大丈夫です」
にこやかに兄に伝え、メイナード殿下の手を取る。ここで断ることは出来ない。皆がみているのだ。満面の笑みを浮かべるメイナード殿下に対して私はなんとか笑顔を取り繕った。そしてまた優美な三拍子の音楽が始まる。
メイナード殿下はナチュラルスピンターン、リバースターンと順に初級ステップを順に足を運んでいく。
「リアと一緒に踊れるなんて夢みたいだ」
メイナード殿下の表情は、本当に嬉しそうに笑っていた。けれど私というと余裕もなく顔を引き攣らせて無理やり笑顔を作り出していた。
「リア、婉麗の微笑みはどこに行ったの? もう少し、しとやかな笑顔がほしいな。ラルスと踊っている時とは雲泥の差だね。本当にラルスと仲が良すぎないか? 全然表情が違うよ」
「そうでしょうか? 然程と変わらないと思いますが……」
「然程と変わらない……か……小さい頃、俺と遊んだ時の事覚えてる?」
「……朧げに覚えております。そ……その節は失礼な事をして申し訳ございません」
あれは私にとって黒歴史だわ! そんな話を持ち出さないで! と平然を装いながら心の中で叫ぶ。
「ははは。今、少し焦っているよね? 第二王子の俺にいろんな事をさせたもんね」
やめてー! もう何も言わないで! 思い出したもくない!
今、自分が何のステップをしているのかも分からなくなって冷汗が流れる。
「リア、顔が引き攣っているよ。本当に可愛いんだから。俺さ、あの時、とても楽しかったんだよ。あの頃からリアの事ずっと好きだったんだ……ねえ、俺の婚約者になってよ」
メイナード殿下は熱のこもった瞳で私を見つめる。
そんな瞳で見られるとドキっとする。けれど、私は自由になりたい。もし結婚をするのなら普通の貴族が良いと思っているのだ。
「お断りします」
「はっきり言わなくても……俺が王家の強制力を使えば嫌とは言えないよ」
メイナード殿下の脅しに近い一言に、私はステップを踏み外し足を挫きそうになった。それをメイナードは咄嗟に私を支える。
「おっと、大丈夫? そんなに動揺するんだ」
「殿下がご冗談をおっしゃるからです」
「冗談なんかじゃないよ。明日中にレグルス家に挨拶に行くよ」
「国王が許されないと思います」
「大丈夫、許可をとるよ。必ず許可をもらうから、待っててね」
国王が許可を出すとは思わない。けれどメイナード殿下は緑色の瞳に自信満々の笑みを浮かべ、そしてダンスのレベルが中級に上がる。私は漆黒の髪を舞い上がらせクルリとターンをする。その光景に周りの女性たちから黄色い声が上がり、男性は見惚れ溜息をもらす。周りの人達には優雅に見えたのかもしれないけれど、私はそれどころではなかった。
誰が待つものですか!
私は焦りを顔に出ないように会話をする。もう頭の中では曲が終わることばかり願っていた。
早く終わってよ! 早く終わってー! と心の中で叫んだ。
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