第24話 ルシア様の勘違い
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それから暫くエリク先生とルシア様と一緒に話をしていた。
エリク先生はこの学園の卒業生で、兄より4歳年上だった。
在学中に理由は教えてくれなかったけれど、兄に懐かれてしまい時々会っているという。卒業まであとわずかだけれど、何かあれば、また力になってくれるという事だった。
先生とは他愛のない話を10分程度したけれど、もちろん感想文の用紙はダミーで、一切そんな話はなかった。
教室に戻ると、リリエラ様とミナリー様が待っていてくれた。
「ありがとう。先生との用事も終わったわ」と言うと、それは良かったですと微笑んでくれた。あの後はメイナード殿下に何か言われなかったのか聞くと、大丈夫でしたよ、と二人は微笑んでいた。持つべきものは友だと、二人には感謝しかない。
その後は、学園では1日何事もなく穏やかに過ごせて、帰りはルシア様と一緒に帰った。ルシア様は朝、言っていた父の話が気になったのか、私の家に寄りたいと言うので、家に招いた。
家に入ると、ちょうど兄が廊下にいた。それを見たルシア様は、スッと私の後ろに隠れる。
「エミーリア、お帰りー!」
いつも通り微笑んでくれる兄。
そして、私の後ろに隠れた子に向かって「お友達?」と聞いてきた。
ルシア様は恥ずかしいというより、不安な表情をして恐る恐る私の後ろからひょっこりと顔を出した。兄はルシア様だったとは思わなかったらしく、何故か顔を強張らせ驚いていた。あまり見ない兄の強張らせた顔を見て、ルシア様が顔が青くなりショックを受けたようだった。
「お、お姉様。やっぱり帰ります……」
ルシア様はポツリと自信なさげに呟くと、玄関まで小走りで行ってしまう。
「ルシア様、待ってください!」
私は慌ててルシア様を追いかけ、彼女の手を握った。
ルシア様は止まってくれたけれど、顔を上げず俯いたままだった。私は兄の方を見る。兄はこの世の終わりのような表情をしていた。
何か、二人とも勘違いしていない?
絶対、勘違いしている、変な誤解をしている。このままだと、本当に婚約解消になり、兄が暴れ出すかもしれない。兎に角、三人一緒に話をしなければならないだろう。
ルシア様と兄を応接室に通す。ソファーにルシア様を座らせ、兄を向い側に座らせる。私は彼女の横に座った。ルシア様はずっと青い顔をして、俯いたままだ。兄も何故そんな表情をしているのかという程、暗い顔をしている。部屋の空気が重すぎる。
「お兄様、何故そんな表情をされているの?」
私の質問に兄の目が右、左と泳いでいる。
しっかり者の兄もルシア様の事になるとポンコツか?
これはこれで面白い。良いものを見たかもしれない。けれど、ルシア様は私にとって大切な友人。多分くだらない理由で二人とも勘違いしているはず。誤解を解かないと私は兄の方に向く。
「ル、ルシアが俺の顔を不安な顔で見ただろう。だ、だから、その……俺が何かしでかしたのかと思って……つい、強張ってしまった」
やっぱり、勘違いをしているわね。
私は隣に座っているルシア様を見た。まだ俯いたまま兄の顔を見ようとしない。ルシア様は兄の姿が見えた途端、私の後ろに隠れてしまった。あれの行動の意味がどういうことか、大体想像できた。
「お兄様、順を追って説明いたしますわ。今朝、ルシア様から父がブロッサム家に話があるからと会う約束をしていた、ということを聞きました。ルシア様はそれを兄との婚約解消させられるんじゃないかと不安になったんです」
「え……?」
兄はやっと私の顔を見た。見る見るうちに兄の顔色に血色が戻る。
「あれは……父はエミーリアの件で会う約束をしていたんだよ」
「ああ、やっぱりね。あの件ね。私の偽名の件をお願いしに行ったのね」
我が家が『大事な話』となると兄とルシア様の件だと勘ぐってしまうわね。
用件が私の事だったと分かると、俯いたままのルシア様が顔をパッと上げた。
「ラルス様と私の婚約の件じゃなかったのですか? 私の顔を見たくなくてラルス様は顔を強張らせたのではないのですか?」
「違うわ。ごめんなさい。今朝、そういえば良かったのだけれど、私も確証がなかったから言えなかったのよ」
自分の件だとは思っていたけれど、それだとははっきりと分からなかった。
「良かった……」とルシアはホッとした顔をして微笑む。
「俺がルシアを手放すと思う? こんな可愛い婚約者を手放すわけないよ」
はいはい、そうですね。そんな事になったら兄は大暴れですよね。ルシア様がたとえ嫌と言っても離さないでしょうね。
ああ、やっぱり兄の愛は重すぎます。
「それにしても、お姉様の偽名って、どういうことですか?」
これは話しても良いものだろうか。
父がブロッサム家に相談に行ったと言う事は、いずれルシア様の耳にも入るはず。もしかすると、兄とルシア様が結婚して子供が出来ると、あって無いような王位継承権というものが付いてくるのだろうか。結婚前に知らされないはずがない。それならば、今回は話す良い機会なのかもしれない。
「ルシア様、あるややこしい事情で偽名を使って留学することになりました。多分その偽名のため家名を使わせてほしいとお願いしたんだと思います。ただあるややこしい事情と言うのが、私からお教えできるものでは無いので、私の両親から聞いた方が良いかと思います」
ルシア様に説明すると、彼女の顔色もいつと変わらず落ち着いたものになる。なんだかんだと結局、ルシア様も兄の事が好きなんだろう。
二人の勘違いが解消されたところへ、父が扉をノックして入って来た。
「ルシアが来ていると聞いて顔を見に来たんだが」
「父上、ルシアが来ているからと言って、何故、見に来る必要があるんですか? ルシアの顔を見るのは俺だけで十分です!」
ん? 何故、兄の棘のある言い方をするの? 嫉妬? 独占欲が強すぎではないですか?
「おいおい、将来の義娘の顔を見に来ただけではないか? エミーリアもいたのか。それなら話がしやすい。お前の偽名にブロッサム家が貸してくれるそうだ」
いつもならすぐ私に気付くのに、父はルシア様が一緒だと私が霞んで見えるのね。それはそれで、少し悲しいかな……。でも、ブロッサム家が家名を貸していただけるなんて光栄だわ。
「ついでにブロッサム家から、エミーリアに養女の申し出もあった。家名を使うのだから養女になってはどうかと」
「「「え?」」」
三人で驚いたが、ルシア様が喜ぶ。
「お姉様が養女に来ていただけるなら、私この婚約なくなっても良いわ!」
ルシア様がとんでもない事を言い出した。私はチラリと兄の方を見る。兄の顔色がまた真っ青だ。
何故、そうなるのよ。
「何故だ、ルシア? どうしてそんな事を言うんだ?」
兄の慌てぶりもすごいけれど、それは私も思うわ。何故なの?
つい先程、『こんな可愛い婚約者を手放す気はないよ』と聞いたばかりだ。
「だって、お姉様と義姉妹でいられるのならそちらでもいいわ」
「はぁ!?」
晴天の霹靂の如く、兄は声を上げた。
「え? ちょっと待って、ルシア様。先程、婚約解消されるかもしれないって不安になられていたじゃないですか?」
まさか、私と義姉妹になりたくて婚約をしているなんてことは無いわよね?
「だって……お姉様とのご縁が無くなってしまうのは嫌だったですもの」
ルシア様は頬に両手を当ててコテンと可愛らしく首を傾ける。
私は眩暈がしてきた。
あんなに顔を青くしていたのに、婚約が無くなることに対してではなく私と義姉妹になれなくなることに対してだったって事?
「ルシア、そんなひどいじゃないか!?」
兄は悄然と項垂れ、ものすごく悲愴感が漂っている。私は兄を哀れな目で見てしまった。
「エミーリア、養女だけは辞めてくれ! 頼む!」
いつも優しい兄が私に縋ってきたので、なんだかその様子が可笑しい……可笑しいわ。私はルシアと一緒にふふふと笑い合う。
「おい、ラルス。見苦しいぞ。ちゃんとそれは断ったわい。そこまで面倒をかける事もできんしな。家名だけを貸してもらえるように頼んだわい!」
「流石、父上……」
安堵したように兄は呟き、ソファーの背もたれに寄りかかった。
父は呆れ顔で、兄の姿を見て溜息を吐く。
そしてルシア様に向かって、「少しややこしい話をするが、聞いてくれるか?」と眉尻を下げ、申し訳なく尋ねた。
ルシア様は、嫌な顔をせずに「もちろんですわ」と父に微笑んだ。
けれど、かなりのややこしさにルシア様は呆然とした。
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次回更新は5月20日0時10分頃の更新予定をしております。
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