侵入者
上から二度、床を叩く音が聞こえて、ジオは研磨機を回していた手を止めた。研磨の振動がくすぐったいらしく、スノウは先ほどからずっと笑い声をあげている。
「どうしたんだ?」
研磨の様子を見ていたエアが、ジオを見上げた。
「上から二度床を鳴らすのは、戦闘の合図でな」
「えー? もう終わり?」
スノウが石の中から不満の声をあげる。
ジオは、翡翠の石を磨き布で丁寧に拭うと剣にはめ込んだ。もう傷は目立っていないが、表面を円形から細かなカットの入った形に変えている最中だったので、左右がチグハグになっている。
「本当はまだ終わってないんだが、一旦、剣に戻っててくれ。この戦いが終わったら再開しよう」
鞘に納めた剣をエアに渡すと、ジオは立てかけて置いた金槌を手に取った。大ぶりの金槌はもはやハンマーのようにも見える。
「戦闘って――」
「あいつだ」
スノウがピクリと何かの気配に反応したかのように、剣の切っ先を扉の方に向けた。
「あいつが、私とアリアを連れ戻しに来る」
「よくわからないが、招かざる客だな。エア、ちょっと下がっていてくれるか。俺はダンプと違って、攻撃が大味でな」
そう言いながら、ブンと金槌を振る。風圧がこの部屋の入り口に姿を表したモノたちを吹き飛ばした。人なのだろうが、目元以外黒い服に身を纏っている上に、壁や天井に張り付いている奴がいて、影が動き回っているかのようだ。
「うちの罠を抜けて来るか。今回は骨が折れそうだな」
見えているだけで7人。本当はもっといるかもしれない。入り口にありのように群がって来るそいつらは、ジオの金槌の風圧でまた吹き飛ばされていた。
「なんだ、警戒という言葉があいつらにはないのか?」
すぐさま入り口にその異形の者たちが群がる。バカの一つ覚えのようだ。
「奴らは、あいつに改造された兵隊たちよ。恐怖や痛みに対するリミッターが外れてるの。武器はないけど、腕が折れようが足が曲がろうが這い上がり続けるよ」
「不気味すぎだな」
淡々とジオは金槌を振るうが、そのうち入り口にしがみついて止まったり、誰かが偶然盾になって少しずつ前に進んで来るものが現れ始めた。ジオの一振りで後退はするが、着実にエアたちに近づいてきている。
「死体が動いてるみたいだ」
「まさにそうよ。彼らは息をしながら生きてはいない。ただ目標に向かって止まるまで走り続ける屍よ」
「そうすると、殺すしかないってことか? 気絶させられるといいんだが……」
「動きを止めればいいんだよな?」
エアは、剣を背中に背負うと、床に落ちていた道具をすごい勢いで組み立て始める。ポケットから腕輪のようなリングを出して輪っかを広げると、鉄砲のようなその道具の先にくっつけた。
「いけ!」
床すれすれに寝かせて、パンと放つ。思ったより威力が大きかったのか、衝撃でエアが後ろに倒れこむ。
「あれで当たるの!?」
肩越しに見えるらしい。スノウが声をあげた。リングは入り口の方に飛んでいくが、敵に当たる気配もさせずに床を滑っていく。
敵は丸いただのリングを単に無視することにしたらしい。ジオの金槌による風圧がない今、さらに歩を前に進めて来る。
「あれでいいんだ」
リングはだんだんと回転数を上げ、横への動きが加わり、床をジグザグとすべりながら敵に当たリ始めた。足に軽く当たっただけだか、電撃を食らったかのようにビクッと体を震わせると黒づくめの敵が倒れていく。
「しびれ薬か?」
「3倍くらい濃いやつをね。リングから針が出てるんだ」
ジオの言葉にエアがニヤリと笑う。
「何人かはあれで倒れると思うよ」
「残りは脳震盪で我慢してもらおう」
ジオが金槌を肩に担ぎ上げる。
「ちなみにお前はその剣であいつらを気絶させるってことができるのか?」
「それができるなら最初からそうしてる」
「そうか。難儀なことだ」
そう言いながら、ジオが金槌を振るう。近づいてきていた敵を金槌で殴り飛ばした。
一応、エアも剣を鞘ごと構えると闇雲に振り回し始める。進みを止めない敵がよろめいたところをジオが的確に吹き飛ばした。
「エア、これじゃあただの棒と変わりないよ!」
「いいんだ。俺にはこの剣が抜けない」
「どういうこと!?」
「とりあえず、それは後でいいか。思ったより湧き出てきたぞ」
虫が巣穴から出て来るように、入り口から次々に同じような黒い服に身をまとった敵が出て来る。
ジオは金槌を振り回し、エアはいくつかのリングを入り口の方に放つ。あとは武器を振り回すだけだ。攻撃はしてこないが、着実に近づいてはエアたちに手を伸ばして来る。
「ちょっとやばくない?」
「いつまで保つか、微妙だな」
ジオとエアの額に汗が浮かぶ。エアたちに近づく敵が明らかに前よりも増えている。彼らの手がエアの剣に触れ始めた。
「あ!」
数人がとうとう、エアの剣を掴むと凄まじい力で引っ張り始める。
「目的はスノウか!」
ジオが群がっていた敵たちを薙ぎ払う。
「死なずに守れ!」
「なにそれ!?」
「うちの家訓だ!」
ジオが叫ぶ。エアが剣を振り回す。敵が増え、エアとジオの体が黒に埋まっていく。
エアの剣がとうとう手から離れた。
「スノウ!」
「やだ、エア!」
エアがスノウとともに一気に退いた黒い敵の塊に飛び込む。
「エア!」
ジオの声が部屋に響き渡った。




