翡翠の石
カウンターに剣が下ろされる。
「今まで、光ったことなんてなかったのに」
エアが近寄ろうとするのを、ダンプが槍の切っ先で止める。
先ほどから一歩も動いていないのに、この場を支配しているのはこの男だ。
「これは親父の手入れが終わってないからな。まだ、触るな」
「手入れとかいいから、売ってくれ! もとは俺の剣なんだ」
ふん、とダンプが鼻を鳴らす。
アリアからも説明してもらおうと振り返るが、彼女は顔を伏せて目を瞑っていた。こちらのことは完全に知らないふりを決め込むみたいだ。
「もとが誰のものだろうが、その剣が売られて俺らが買った。いつ売るかは俺らの自由だ。そして、その剣はまだ売り物じゃない」
ただし、とダンプが槍の先を再びカイに向ける。
「この男がまた物騒なことをしでかさないとも限らないから、この剣に起こってることは話してやる。あとは、そうだな。親父が起きて、手入れするまでここで1週間でも1ヶ月でも待ってるんだな」
「1ヶ月! そんなに待てるかよ! 俺たちは魔王を倒しに行くんだから!」
ダンプが片眉をあげた。
「二人で?」
しげしげとカイとエアを交互に眺める。へえー、と声が上がった。
「おもしれーな。そっちの男はそこそこやるみたいだけど、お前は何もできなさそうじゃん」
「――!」
エアは拳をぎゅっと握った。そんなことは自分が1番わかっている。
「うちの勇者を貶すのはやめてくれませんか。彼は、最強の勇者になる予定ですから」
「は!」とダンプが嗤う。
「それは、それは。ご苦労なこって。最強の勇者様がこの剣を使いこなせるかはわかりませんが、ご説明差し上げましょうか」
ダンプの嫌味な物言いは癇に障るが、アリアが話してくれないのならダンプから多少の事情を聞くしかない。
カウンターの剣を見る。
あの剣をくれた人とその人との思い出がこみ上げる。もうその人はいない。あの剣はエアにとって形見以上のものだ。
気高く、優しく、強くあれ。
そう言って笑いかけてくれた人が最後に託してくれた剣。その人の想いに応えるのに、自分のちっぽけなプライドなど取るに足らないものだ。
「頼むよ。教えてくれ。使いこなせなくてもわかってはいたい」
エアの真剣な表情に、ダンプが「ふうん」と声を上げ、槍をエアに向けた。目の前で止まる。一歩前に出たらそのまま顔を貫ける距離だ。エアは目をそらさずに、ダンプを見続ける。
「思ったより、いい顔するじゃん」
いいぜ、とダンプが立ち上がる。店長の親父と比較すると体の大きさは半分くらいだが、背が高く肩幅と二の腕が異様に発達している。
槍はダンプの背の2倍以上の長さがあったが、ダンプがトンと床に一つ打ち付けるとダンプの背ほどの長さに一気に縮まった。
「こっちに来てみろ」
カウンターの剣を手にとって、奥の方へ顎をしゃくる。店長が出て来た場所だ。いつのまにか槍の切っ先が変化していて、転がっていた金槌の持ち手と頭部の鉄の部分が結合された場所を引っ掛けていく。
奥には、炉やふいごの他に、金床と様々な木材を加工する道具が並べてある作業台があった。弦や糸、細工のためかいくつかの装飾品がところ狭しと棚に並び、使い方の不明な部品や道具が整頓して棚の上に置かれている。
あまりの広さにエアはため息をついた。
「すごい」
手当たり次第に全ての道具を触ってみたい衝動をかろうじて抑える。
ダンプは、剣を金床に置くと、槍の先から金槌を取り上げ、おもむろに剣めがけて振り下ろした。
「なっ――!」
エアの言葉は途中で途切れた。
まるで目に見えないシールドに守られているかのように、もしくは何かの力で押し返されているかのように、金槌が剣から5センチほど離れた場所で止まっていた。
ダンプの手は小刻みに震えていて、打ちおろすつもりなのがわかる。しかし、金槌はその先にはピクリとも動かない。
光り続けていた翡翠の宝石が明滅した。
「っと!」
ダンプが金槌を上に振り上げる。否、弾き返された。エアは目を丸くする。
そのあとも、水に入れたり火にくべようとしたり、装飾品をつけてみたり、鞘を抜こうとしたり、布で拭いてみたり、思いつく限りのことをダンプが剣にしてみる。
明滅して吹きとばすものもあれば、強く宝石を光らせて受け入れるものもあった。
まるで。
「まるで、生きているみたいだ」
エアが翡翠の宝石に手を触れようとする。強い抵抗にあって、指が弾き返された。
抗議のように宝石の光がテンポよく明滅している。
「そうだ。この宝石は、生きている」
ダンプがゆっくりと剣を金床に横たえた。




