ボーイ ミーツ キャットep2
空を仰ぐ様に放り出されたマリアンヌは、自分に手を伸ばし抱きしめた青年を一瞬だけ見れた。
黒い髪に茶色の瞳。
すぐにマリアンヌを掴むと胸に抱き体を丸める。
暖かい。
暖かいじゃなくて熱い。
ドクンドクンと心臓の音が聞こえる。
暖かい。
わたくし、男性に抱きしめられるの初めて。
危機的状況の中、マリアンヌはそんな事を思った。
男の人って暖かい。
「マリアンヌ!」
「マリアンヌ様!」
「どうして!」
悲鳴と叫び声。
どうしてと言う声はきっとアレク。
胸の中で小さく震えるマリアンヌを感じながらジャックは思い出す。
8年前、トリバーチ領が土砂災害にあった時、ジャックは王都の騎士団の養成所にいた。
トリバーチ領には跡取りの兄がおり、ジャックは好き勝手に生きろとアレクと共に騎士になる事にした。
凡庸な見かけと違って、ジャックには非才な剣の才能があったし、アレクは剣はからっきし駄目だが、頭が非常に良かった。
ジャックが将軍に、アレクが軍師に。
そんな夢を見ていた。
トリバーチ領が土砂災害に遭い、壊滅的な被害を受けたと聞いた時、早馬でたどり着いた時に見たのは故郷の悲しい光景だった。
母も父も兄も領民のたくさんが亡くなった。
アレク以外、ジャックの横に立ってくれる人はいなかった。
ジャックはまだ18歳だった。
トリバーチの全てがジャックの肩にのしかかって来ていた。
周りの人も助けてくれたし、国も助けてくれた。
それでも剣しか知らなかったジャックには全てがつらい事だった。
皇帝一家の慰問も邪魔でしかなかった。
やる事が死ぬ程あるのに、皇帝一家の世話?
何だそれは。
掘り起こされ、土に塗れた家族の亡骸を清めながら泣いた。
並べられた領民や両親の遺体を前に、皇帝一家と祈る時、ジャックの耳に小さな声が聞こえた。
「皆様、トリバーチにお帰りなさい」
そう、帰って来てくれた。
まだ見つかってない人がたくさんいる。
その中でここにいる人達は帰って来てくれたんだ。
小さなマリアンヌがお帰りなさいと、お帰りなさいと言ってくれた。
皇太子の婚約者として、その頃から皇室の仕事をしていたマリアンヌは、その日からジャックの特別な人。
お帰りなさい。
ジャックの中では無い言葉だった。
お帰りなさい、お帰りなさい。
トリバーチにお帰りなさい。
ジャックは領主だから泣かない。
皆の前では泣かない。
だから、夜、何度も泣いた。
マリアンヌの言葉を思い出して、マリアンヌを思って泣いた。
ありがとうございます
ありがとうございます
式典とかで皇太子の横で笑うマリアンヌを見て、いつも思っていた。
マリアンヌがあの頃のまま、優しく健やかに育ちます様にと。
マリアンヌはジャックの心の恩人だった。
あの日からマリアンヌはジャックの心の中でダイヤモンドみたいに光っている。
胸の中にいつもいる宝物なのだ。
勿論、マリアンヌはそんな事覚えてはいない。
地面に倒れているジャックの胸の上で一生懸命にマッサージをしている。
擦り傷だらけ。
でも、心臓はちゃんと動いてる。
猫手を広げてふみふみとジャックの胸を押す。
骨折も無さそう、この人頑丈ね。
呼吸、整ってるかな。
マリアンヌはジャックの顔に自分の顔を近づけてみる。
吐息、暖かい。
規則正しい、良かった。
男の人の顔、こんな近くで見た事無い。
意外と整った顔をしてるんだ。
落ちてる途中、何度も痛そうな声をあげていた。
わたくし、猫だから大丈夫なのに。
変なの、変な人。
初めて会ったのに、わたくしを守ろうとした人。
変な人。
マリアンヌは皇太子の婚約者だったから色々な事を学んだ。
軽い医学も遭難した時の対処法も。
遭難した時はそこから動かない事。
見上げたらたくさんの松明が動いている。
ジャックが心配だったが、落ちて来た松明を一つ口に咥えて揺らすと、上から歓声が上がった。
一本の松明が右に2回、左に一回、右にまた2回。
無事ですよーのサイン。
崖上からは松明が右に2回。
了解のサイン。
覚えて良かった救難信号。
落ちて来た、多分、救援キット。
猫だから開けれない、牙で引っ張ってみるが少し破けただけだった。
仕方ない。
何とか引っ張ってジャックの横に置く。
ジャックの顔の横でマリアンヌはくるんっと丸まってジャックを見つめた。
この人、早く起きないかなぁ。
ジャックの寝顔を見ながらマリアンヌは目を瞑った。
そして恋が始まる。




