物語の始まりのはじまり
ジャック トリバーチ氏を人である、28歳である。
子爵家の当主でもあり、騎士団に所属する軍人である。
爵位は子爵なれど、黒の髪に茶色の瞳。
金髪や銀髪、碧眼や青瞳が普通の社交界で、たまに給仕と間違えられて空のグラスを渡される位に庶民顔だ。
そんな訳でジャック氏は普段から騎士団の制服を着用している。
軍服を着ている限りは空のグラスは渡されない。
1着でどこでも行けて経済的でもある。
たまに退役した先達から、過去の武勇伝を延々と語られる事もあるが、温和な性格ゆえお付き合いをする事も多い。
舐められやすい、いや、親しみやすい風貌の男なのである。
そんなジャック氏には副官がいる。
アレク氏である。
黄金の巻き毛に晴れた夏の空の青い瞳。
彫像の様に美しい容貌は、若い娘達の心をときめかせる。
身分は庶民である。
多分、祖先のどこかに貴族の血が入っているのだろうが、とりあえず庶民である。
ジャック氏とアレクは騎士団の名物になっていた。
あべこべ主従として。
どう見ても主人な外見のアレックスと、どう見ても従者な外見のジャック。
初見の人は大体アレクに敬礼し、アレックスの制服に徽章が少ないのにビックリし、隣のジャックの制服に付いている徽章に目を丸くする。
見た目逆転主従。
そして、どう見ても剣の腕もたちそうなアレクに軍師タイプのジャック。
実際は剣の腕がからっきしで運動音痴のアレクに、剣聖になれるんじゃない?と囁かれる剣の達人のジャック。
外見の全てがあべこべの主従であり、騎士団の下士官達の隠れた名物である。
「どうですか?」
昼下がりの公園の片隅のベンチで、背中を丸めて書類を見ていたジャック氏にアレクは声をかけた。
「てんでダメ」
アレクに書類を渡したジャックは頭を抱え込んだ。
「あれだけ戦果を上げたのに、報奨金が50万ですか」
アレクは書類を見て天を仰いだ。
「宮仕は悲しいねぇ」
二人の悲壮さとは別に、空は青く風は爽やかだ。
ジャック氏はトリバーチ領の領主だ。
アレクは普通なら、乳母子として彼を支えて執事になる予定だった。
海と山に囲まれた土地、トリバーチ。
海は長閑で幸多く、山は険しく時折熊や魔物の出没があるけれど、人的被害などほとんど無く、平和な領地であった。
8年前までは。
自然の力の前に人は無力。
二週間に渡る大雨がトリバーチの領地を襲い、山は崩れ、トリバーチの大地を五分の一も覆い尽くした。
領民を避難させようと奔走したジャック氏の両親も大地に飲まれ、還らぬ人となってしまった。
両親の死は尊敬出来るものとしても、もっと長生きして欲しかったと思うジャックだ。
そして残されたのは荒れた領地と困窮した領民達、国は良くしてくれたし、国王一家も見舞いに来てくれた、10年の税金の免除までしてくれた。
でも、残り2年。
トリバーチ領は復興にはまだ遠く、2年後に再び税金を払う所か、こうして陸軍で働き稼いでも子爵家の爵位を維持するお金も底をつきかけていた。
国に領地ならびに爵位の返還をするしかもう無かった。
名前の長い人。
何だか気に入られたみたいで、時々声をかけてくれる。
毎回アレクに名前を囁かれるが、次には忘れてしまう。
長すぎるんだもん。
彼の爵位は伯爵で、建国以来の貴族らしい。
そりゃ、名前も長い訳だ。
彼にトリバーチの相談をしたら、次の夏の夜会で皇太子に面通しをしてくれると言う。
捨てる神あれば拾う神あり。
そんなこんなでジャックとマリアンヌは出会う事になるのだ。




