ジャック氏の事情
何故、ジャック氏がこんな事を、子爵家程度で知っているかと言うと、帝都新聞に載っていたからである。
王族や貴族のゴシップは庶民の大好物。
当時、ジャック氏は戦地にいた。
国境警備隊の隊長として。
一応子爵の家柄であるジャック氏は、国境警備隊で一番地位が高かった。
隣国との国境の小競り合いに駆り出されていた。
隣国との境目に銀鉱が出たのだ。
ほんの少しで隣国、ならばうちで頂こうと隣国は軍団と坑夫を鉱山につっこませ、満足行くまで掘り尽くしたら撤退し、うちの鉱脈かと思いました、すいません、うっかりうっかり、てへ。
そうするつもりらしかった。
捕虜と言う名の内通者から聞いた。
本国から軍が動くまでの予測時間、2ヶ月を隣国は世話役の民間人を盾に鉱山を掘りまくった。
民間人に攻撃したら、即、そちらの非があり開戦だと言う目論見が透けて見えていた。
本国からの許可も無いのに戦端を開けないと見守る事しか出来ない国境警備隊の前を、銀を積んだ荷車が通り過ぎていく。
そんな中での娯楽は、一週間分届く帝国新聞。
それしか読む物がないので、ジャック氏も戦友も皆が舐める様に読んだし、マリアンヌ嬢の境遇には男としても憤った。
マリアンヌ嬢は慈善事業に熱心であったし、紛争地域にも度々訪れていたので軍人には人気がある。
マリアンヌ様くらいの高貴な人で美人ならなおさらだ。
マリアンヌ嬢があんな可哀想な目に遭ってるんだ。俺たちも頑張ろうー!
一致団結した俺たちは坑夫になった。
自国の旗を背中にくくりつけて掘りに掘ったね!
相手と同じく軍人の護衛をつけて、相手が攻撃して来そうになったら、戦端を開く勇気があるのか!と叫んだら大体静かになる。
誰だって自分が原因で戦争なんかしたくないよな。
喧嘩上等の馬鹿がいなくて良かった。
掘って掘って、相手も掘って。
最後らへんは軍人達も掘っていた。
本国から軍隊が来た頃には、相手はもうへろへろだったね。
何故なら補給が無かったから。
鉱山近くの商店は隣国に物を売らないし、略奪しようにも鉱山近くの村や街は一時的に隣町に避難させた。
隣国の補給路は爆破させた。
鉱山のある街の坑夫舐めんな、爆破などお手のもの。
銀はあるのに、何も買えないし、食い物もない。
あいつらを前に焚き火を囲い、酒と肉を焼いて食べるのは大変楽しかった。
本国から軍隊が来た頃には、筋肉バカになった俺ら国境警備隊と兵糧不足で青白い顔をした隣国のやつらがいた。
「この馬鹿げた計画を立てたのは誰かね」
軍隊のお偉いさんの声に「私であります!」
ジャックは敬礼しながら、それに応えた。
手柄を欲しい訳じゃなくて、独断での行動は規律違反やらなんやらで罰せられる。
国境警備隊の隊長である俺には、国境を守る権限はあれど鉱山を掘る権利も敵の補給をたつ権限もない。
軍隊のお偉いさん。
すっごく名前の長い人は、空腹に座り込む敵兵と山積みになった銀の山にため息をついた。
結論を言えば、この名前の長い人は良い人で、手柄を独り占めにする事もなく、俺たちを罰する言葉にもなく、俺たち国境警備隊をこの諍いのヒーローにしてくれた。
誰に報告するともなく過去を振り返っているジャック・トリバーチ氏をマリアンヌはじっと見つめていた。
夜の闇みたいな黒い髪に、大地の茶色の瞳。
国境帰りだからかしら、ソバカスがある。
背丈は、わからないわ。
だって、わたくし猫だもの。
香水の匂いもしない、好印象。
猫になってから、あんな匂い大嫌い。
「あ、椅子に。いや、椅子座れますか?」
ずっと立ちっぱなしだったマリアンヌを気遣って椅子を勧めてくれた。
うふ。
元来、悪戯っ子なマリアンヌはその言葉に微笑むと、ジャック氏の膝に手をやり抱っこをせがむ。
振り解かれるかもとは思わない、だって猫だもの。
動物好きは気配でわかる。
腕の中に抱かれて、ジャック氏の耳の後ろを嗅ぐ。
健康状態も抜群みたいね、良かったわ。
だって、わたくし達これから末長く幸せに暮らすんですもの。
たどたどしいけど、優しい手で背中を撫でられ、喉がグルルとなりかけて自制する。
淑女たるもの、男性に簡単に喉を鳴らすなんてはしたないわ。
優しい人。
いつもジャックは優しい。
ジャックの肩に頭を預け、マリアンヌは思う。
わたくしの旦那様。




