第8話 ユリエラ、授業を受ける気がなくなる
アルヴィン第一王子はわたしを見つめて、それからソファーに座る学園長を見る。
彼は何か悟ったような顔つきをして、わたしに強い眼差しを送ってきた。
「ユリエラ……イレーネは無実だ。
イレーネは、君を突き飛ばしてなんかいない。
それは君が良く分かっているだろう。
僕はきっと、イレーネの無実を証明してみせるっ」
わたしはどんな顔をすれば良いんだろう。
うわー、それもう宣戦布告みたいだよねっ。
わたしは、自分がかなり凹んだのを自覚した。
けれどそんな素振りは少しも見せない。
顔だってポーカーフェイスで行く。
うん……分かってたけどさ。
親同士が勝手に決めた許嫁で、はじめっから冷めてたけどさ。
まだ婚約解消してないのに、敵ですよ。
その眼はもう敵を見る眼ですよ、アルヴィンさま。
「……アルヴィンさま。
その通りです。イレーネさんは無実です。
わたしは誰にも、背中を押されてはいません」
「なっ!?」
「たった今、そのことをヒールダナー学園長にお伝えして、ご理解して頂いた所です」
「どういう事だ、だって君がっ……」
アルヴィンさまはそこで言葉に詰まる。
だって君が……その後になんて言おうとしたのかしら。
多分「だって君が、ウラで糸を引いているんじゃないのか!」とか、言いたかったんじゃないかなあ。
その言葉を途中で止めたのは、まだわたしの事を、許嫁だって思ってくれてるからかな?
なんかどっと疲れた。ずっと疲れてばっかだ。
うん……人って、怒るより凹む方が疲れる。
わたし自身(霧島ゆり)の視点だと、王子のことなんてどうだって良いのに、ゲームキャラとしてのユリエラがまだ未練を持ってる。
だからこんなに凹むのかな?
ただユリエラの未練は、ちょっと普通の人とは違う。
恋とか愛とかじゃなくて、所有欲だ。
自分の使える手駒をイレーネに取られて、腹を立てている。
そんな感じだ。
その所有欲をわたしという「霧島ゆりフィルター」を通すと、何だか恋愛が混じった「未練」として、わたしが捉えちゃう。
だからわたしが凹む。
うわー、何かややこしい。
自分がめんどくさい。
うわ~。
ちょっと考え事が長すぎて、随分ぼうっとしてたみたい。
気づいたらアルヴィンさまが、わたしの顔を覗き込むように首をかしげている。
わたしは取り繕うために、社交会の営業スマイルで微笑んだ。
そのまま王子の横を通り過ぎ、スムーズに学園長室からフェードアウトする。
するつもりだったんだけど、アルヴィンさまがわたしの背中に声をかけた。
「まてっ、君はイレーネの事を、嫌っていたんじゃないのか?
なぜそんな君がイレーネを助ける!?」
わたしは振り返らずに答える。
「イレーネさんは、わたしの命の恩人です。
あの場にイレーネさんがいなかったら、わたしはもうこの世にいなかったでしょう。
そんな大恩のある方を助ける。
それは当然のことじゃないかしら?」
「ぐっ……」
ここでわたしはスッと去れば良いんだけど、まだ喉の奥に何か詰まってた。
言いたい言葉が詰まってる。
でも駄目。
それを言っちゃ、自分が凹むだけだから。
そんなわたしの気持ちとは裏腹に、言葉が口から出て行っちゃう。
「アルヴィンさま。
わたしはまだ、アルヴィンさまの婚約者なのでしょう?
そう胸に留めていてくださるなら……
わたしの言葉を信じてくださっても、よろしいじゃないですか」
言ってしまった。
これじゃ完全に拗ねてる女子だよ。
好きな人の気持ちが別の子へ移ってしまって、拗ねてる子だよー!
わたしは逃げるように、その場を去った。
わたしを引き留める声はもうなかった。
うわあ……
もう完全に、授業を受ける気がなくなった。
このまま寮にの自室に帰っちゃおう。
そして夕方まで眠って、昨晩に行った酒場へいこう。
わたしはそう心に誓う。
無性にあの、あったかな雰囲気が恋しくなった。
人と人との、あったかい触れ合いに飢えていた。
あったかいって所がだいじ!
癒されたい。
もうヒリヒリとか、ヒエヒエとか、ジメジメとか嫌だあ~。




