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第7話 ユリエラ、婚約者に会う


帝都郊外にあるレクトニクス魔導学園は、無駄に敷地が広くて困る。


「えっと学園長室って、どの建物だったかなあ」


それに階段ばっかり。

「エレベーターが欲しい……」


わたしは迷いながら学園長のいる建物へたどり着き、事務員に連れられて学園長室へと向かった。

予め会う約束なんてしてないけれど、そこは実家パワーで押しきれる。


こんこんこんとノックして、室内へ通された。

わたしは奥の重厚なデスクに座る学園長、ヒールダナーを見つめた。


「ヒールダナー学園長、お忙しいところを申し訳ありません」


わたしが慇懃(いんぎん)挨拶(あいさつ)すると、学園長は目尻にしわを作り(ほが)らかに笑った。


「構いませんよ、ユリエラ・ソルナイン君ならいつでも歓迎ですとも。

さあさあ座って」


わたしはデスク前の応接用ソファーに座り、学園長は低いテーブルを挟んで向かいに座った。

改めてわたしの顔を見て、ちょっと怪訝(けげん)な顔をする。


「顔色がすぐれないようだが、大丈夫かね?

ホールの階段から落ちたのは、昨日の事なのでしょう?

無理に学園へこず、ゆっくりと養生してください」


あっ、なんか勘違いしてる。

顔色が悪いのは、徹夜で酒場に居たせいだけど。

まあ心配されて悪い気はしないし、そういう事にしよう。


「お心遣いありがとうございます。

傷の方はすっかり、学園の魔法医に診て頂いて治っております。

ですが少し心労が溜まり、昨夜は一睡もできませんでした」


心労と聞いて学園長が頷き、更に「おいたわしい」といった顔で、わたしを見つめてくる。


「ああ……そうですよねえ、本当に大変な目に()われて……

一歩間違えれば、死に至るような大怪我(おおけが)だったと聞いていますよ。

本当に助かって良かった。

しかし治癒魔法で体の傷は治せても、心の傷は治せません。

私に出来ることがあれば、何でも(おっしゃ)って下さいね。

ああそうそう、あの者には厳罰を処しますのでご安心下さい」


へー、わたし死にかけたんだ。

それ初耳で、びっくりなんだけど。

誰も教えて、くれないんだもんなー。

あとで魔法医に、ちゃんとをお礼を言っておこう。


そして「あの者」ってイレーネの事だよね。

じゃあさっそく――


わたしが話を切り出す前に、学園長が渋面を作ってイレーネを(ののし)る。


「あの庶子の娘は、たまたま居合わせたと白々しい噓を付きましてな、

頑なに突き飛ばしたことを、否定しているのですよ。

そして焦ったのでしょうなあ、ユリエラ君の怪我を見て。

死ぬとまでは、考えていなかったようで、

他の生徒が駆け寄ったとき、ユリエラ君に治癒魔法をかけていたのですよ。


私が思うにそれはアリバイ。

周りの生徒に治癒をかける自分を見せて、いかにもな聖女っぷりをアピールしたのでしょう。

まったく自分で突き飛ばしておいて、小賢しい芝居をするとは何という邪悪さ。

なぜあのような者が、貴重な光属性の保持者なのか?

いったい世の中は、どうなっておるんでしょうなあ」


えっ!?

イレーネが、わたしを助けてくれたの!?

わたしはすっごく驚いて、そのあとふつふつ怒りがこみ上げてきた。


それ、わたしの命の恩人っ。

一番先にお礼を行かなきゃ、駄目でしょ!

それなのに、逆に犯人に仕立て上げて処罰するっていうの!?


わたしの怒りは学園長へ向かい、そこからぐりんとUターンして、わたし自身に向けられる。

全てはわたしが、悪役令嬢なばっかりにっ。

善意が平然と捻じ曲げられて、無実の人が罰せられる。


その悪意のねじれをたどれば、全てはわたしに行き着く。

だってそれが、ゲームのシステムだから。

ああもうっ、悪役令嬢なんてやだー!


「ヒールダナー学園長、聞いて下さい。

わたしが突き飛ばされたなんて、まったくのデマです」

「でま?」


「そうです。

わたしは誰にも、突き飛ばされていません。

自分で階段を踏み外したんです」

「いやしかし、見たという生徒が」


ああ、しっかり噂の出どころは押さえてあるのか。

でも――


「学園長、その生徒は見間違いをしたのです」

「みまちがい?」


「そうです見間違いです。

その証言した子は、わたしのお友達です。

わたしが足を踏み外したと言ったら、その子は見間違えだったと認めてくれました。

だからイレーネさんは無実なんです。

むしろその場でわたしの傷を直してくれた、命の恩人なんです。

そんなイレーネさんに、処罰など決してしないようお願いいたします。

もう一度言います。

イレーネさんは無実です」


「無実……」

「そうです無実です」


学園長はその言葉を飲み込み、背もたれに深く寄りかかった。

しばらく押し黙ってる。

その間、何を考えているか分からないような眼で、わたしを見つめていた。

そうしてふと視線をそらして、ため息をつく。


「ふう……しかし分からんですなあ。

ユリエラ君は聞く所によると、随分とあのイレーネという生徒を、嫌っていると聞いたのだが……」

「どういう意味ですか?」


「いやね、他にもあの生徒を、(こころよ)く思わない方々がいるのですよ。

色々と聞けば、あの生徒は様々な男子生徒……

それもかなり高位の男子生徒と、親しく接しているそうじゃないか。

庶子の娘が、己の分もわきまえずにね。

私はそれを聞き、どうしたものかと思いましてなあ。

いくら光属性の保持者は珍しいと言っても、他にもいない訳じゃない。

わざわざ公費で、庶子の出の娘を学園へ留めさせなくても――」


「ヒールダナー学園長」


わたしはやっぱり自分の中の怒りを、眼の前の男へぶつける事にした。

わたしがヤクザみたいなクズなら、眼の前に座る男もクズだ。

わたしは呪詛を吐くように、低い声をだす。


「何のお話か、わたしにはさっぱり分かりません。

聞かなかった事にします。

ですがもしその訳の分からない話で、イレーネさんに処罰が下されるのなら、

わたしは全力で阻止いたします。


イレーネさんは、わたしの命の恩人です。

そのような方にもし手を出すのであれば、

このわたし、ユリエラ・ソルナイン・S・ミラージュの名において、彼女の盾となりあなたの前に立つでしょう。

学園長は世間の話に、色々と耳を傾けているようですね。

でしたらわたしに対しての噂も、耳に入っていると良いのですが……」


わたしはそこで言葉を止め、学園長を凝視した。

学園長の顔が、みるみるうちに青くなっていく。

乾いた口を数度ぱくぱくさせて、学園長はあえぐように言った。


「そうだね……ここはユリエラ君の顔を、立てる事にしよう。

イレーネ君は無実だ」

「お心遣いありがとうございます、ヒールダナー学園長」


わたしは深く会釈して立ち上がる。

学園長から見えない角度で、ゆっくりと息を吐いた。


はあ~疲れた。

どっと疲れた。

今日は気分がすぐれないと言って、医務室のベッドで午前中は授業をサボろう。

あっでも、医務室にはあの子が寝てるな。


わたしが行くと、あの子ゆっくりできないだろうなあ。

じゃあどっか公園のベンチにでも……

そんな事をぐだぐだ考えて退室しようとすると、扉の向こうで騒ぎ声がする。


「いいから通してくれっ」

「お待ちください、只今ユリエラ・ソルナイン様と、面会中でして」

「なに、彼女がきているのかっ」

「お待ち下さい」

「どけ、邪魔をするな!」


わたしは周りに聞こえても、構わないほどのため息をつく。

この扉の向こうの声に、聞き覚えがあった。

怒声と共に勢い良く扉があけられ、わたしの前に立ったのはやっぱりあの方だ。


金髪で緑眼の青年。

彼の名は、アルヴィン・レイ・A・レクトニクス。


この国の第一王子で、わたしの婚約者だった――





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