26 俺氏と舞、間男ファミリーと話し合う
親が示談交渉に出てくるに先んじて、俺たちは自分の望む方向に話を地ならししておかなくてはならない。
リツカに示談の水面下交渉を打診した次の日に会合は持たれた。もちろん放課後ですよ。
JR寒川駅前にある『フェイブル』ってスタバみたいな喫茶店、その一番奥の席で俺と舞は3人と向き合っている。左から順に来島律花、来島竜馬、天羽源次弁護士。来島竜馬さんは県会議員という大変社会的地位の高い御仁なので敬意を込めて以後は間男パパと呼称する。
「鷹城君」
店員がテーブルにそれぞれドリンクを配り終えるのを見計らって間男パパが口火を切った。
「もう一度会って話がしたいと思っていたんだよ」
ニコニコ顔で俺と舞の顔を交互に見比べ、舞で視線を止めた。
「妹さん、初めまして。このたびは息子がお兄さんに大変ご迷惑をかけてしまいました」
先ほどと打って変わって沈痛な面持ちで家族の非を詫びた。
俺の本心が処罰より示談に傾いていることをあらかじめ知っているので、へりくだりながらも余裕があるように見える。
俺の考え、というか希望は律花を通じて間男パパにダダ漏れである。先日夜のライムのやり取りを間男パパも天羽弁護士もすでに知っている。スパイを使ってカンニングするのって楽しいだろうな。そのスパイは二重スパイなんだけどな。
「鷹城さん」
天羽弁護士が口を開いた。ヤクザ系弁護士が高1の俺を「さん付け」で呼ぶのって逆に怖すぎて草。
「君の方から律花さんに示談の問い合わせがあったと聞いています」
弁護士が長々と話したのは示談に関する法律的な話だった。
「示談とは民法という法律で定められた和解契約のことです。未成年者はこの和解契約を締結することはできません。法律上の示談は鷹城さんのご両親と進めることになります。よろしいでしょうか?」
「法的な示談は親相手に進めるけど、俺たち子供の意見にはしっかり耳を傾けるよって意味ですよね?」
「その通りです。鷹城さんの考えていること、思っていることを聞かせてください。交渉の場で我々が有利になるよう君たちをだましたり、ミスリードしたり、怖がらせたりするつもりはないことを理解してほしい」
「わかりました。皆さんを疑ってるわけじゃないんですが、しっかり記録を残すために録音させてもらっていいですか?」
俺の言葉に合わせて隣で舞がスマホを取り出しテーブルに置いた。俺も続く。
「もちろんだよ」
俺たちのスマホを見下ろしながら間男パパは鷹揚にうなずいた。
「お互い間違いが起こらないようしっかり記録しよう」
間男パパの言葉に反応し、テーブルの向かい側でリツカがスマホとICレコーダーをテーブルに置いた。
「示談での解決に関心を持ってくれて礼を言うよ、健人くん、舞さん。早速だけど、君たちが望んでいることを聞かせてほしい」
「平穏な生活に戻りたいってのがこちらの希望です。言いにくいことですが、来島爽さんが近くにいる限り日常は帰ってこないと思ってます」
物分かりの良さそうな、いかにも政治家の本領は「寄り添う力」「傾聴する力」って感じがする微笑みでウンウンと頷いている。
リツカからの内報によると間男国外追放にパパは大変乗り気でいらっしゃるとのこと。選挙でクソ忙しい時に問題を起こしたドラ息子を留学名目で海外に飛ばすことができたら一石二鳥に違いない。
「君たちの言いたいことはわかる。あいつには自分自身をしっかり見つめ直す時間が必要だ。責任ある社会人が未成年の君に大ケガを負わせたし、聞くところによると舞さんにケガをさせてしまう状況だった。親としての責任を痛感している」
ここで深々と頭を下げた。隣に視線を移すとリツカも父に倣って頭を垂れていた。
「顔を上げてください」
俺の言葉で頭を上げて居住まいを正した。
「息子には海外で見聞を広め内省を深め、自分のしでかしたことを悔やみ、反省させるつもりつもりだ。5、6年は帰国させない。これでいいかな?」
完璧な回答だ。間男追放は俺たちとパパたちと利害が一致しているわけだから約束は守るだろう。
「はい、お願いします」
俺は頷き返した。
「他にも要望があれば聞かせてください」
またまた~、知ってるくせに~怒怒怒
「律花さんが東大志望って聞いたんですが、本当ですか?」
あえてパパに聞くことにした。表情筋の微かな動きも見逃さぬ注意深さで凝視した。
「ああ、そうだよ」
パパさん、待ってましたとばかりの心得顔で大げさに頷いて見せた。
「去年受けた東大模試でA判定をもらったんだよ。全国トップレベルの学力だけでなく妻に似て美人に育ち……いや、これはルッキズムになってしまうかな。娘を自慢したい親バカの言葉と思って聞き流してほしい」
東大模試ではなく全国模試、それも高1しか受けない模擬テストだ。自慢の娘と言いながら雑な理解。娘への関心が薄いってのはガチなんだと思った。
隣のリツカを見遣ると無表情だった。不謹慎ながらちょっと笑える。
「鼻が高いですよね、娘さんが東大生になったら。娘を東大に育て上げた政治家ってポイント高いと思います」
息子の方は間男強姦魔に育っちまったけどな。
「ちゃんと合格してくれたら父として本当に誇らしいよ」
リツカ姐さんは俯いた。恥じらっているのではなく、笑いをこらえていると見た。
「大学受験が終わったら俺と妹に受験指導をお願いしたいんです」
「いいですか?」
俺の言葉を遮って天羽弁護士が割り込んできた。びびるやんけ、まさかここで口を挟んでくるとは思わんやん。
「律花さんの受験指導を受けたいのか、東大生の受験指導を受けたいのか、どちらですか?」
こっちの魂胆を見抜いてるくせにウザいこと聞いてきよる。
「東大生の律花さんの指導を受けたいという意味です。何が何でも律花さんには東大に進学してもらいたいんです」
娘が東大生なんて、国政に挑む政治家にとってプラス・アピールにしかならんやろ。この要求も俺たちとパパさんの利害は一致してるはずなんだよな。
「示談条件をきっちり決めて文書に残す必要があります。律花さんが東大に進まなかった場合はどうですか? 示談内容を来島さんが一方的に破棄した形になるわけですが。学力不足で不合格になると言いたいわけではありません。試験日に病気になるかもしれないし、事故でケガをするかもしれません。東大よりも行きたい学校と出会うかもしれない。律花さんが東大生になるという前提で示談を進めることはできません」
俺の要求をはっきり突っぱねてきた。弁護士、尚も続ける。
「いいですか、こういうことを言うのは、鷹城さんのご希望をできる限り叶えたいと思うからです。お間違えないようにお願いします」
ぐぬぬ……
天羽センセの懸念は一理ある。
リツカが受験失敗したり東大以外の進路を選択した場合、来島側が示談を反故にしたことになる。俺が騒いだら間男パパの政治家生命は大ダメージを受けるだろう。
リツカが東大生になれるかどうかは不確定な未来だもんな。そりゃ、この条件つけられたら示談したくてもできないか……
「兄さん」
どう対応したものか、考えあぐねていたところに俺の真横から声が上がった。
「?」
振り向くと、自分が話していいかと目で訴えている。俺は頷いた。
「私が話していいですか?」
舞の言葉に天羽センセはさすがに驚いたようだった。少し目を見開いて「どうぞ」と短く答える。
「示談条件は実行可能なことにしてくれってことですよね?」
「そうです。重ねて言いますが、我々は立場をわきまえず上から目線で注文をつけているのではなく、鷹城さんとの約束を間違いなく履行したいと考えているのです。ご理解ください」
「兄も私も、律花さんに東大に行ってもらいたいんです。理由は、律花さん自身がそれを望んでいるからです」
舞の言葉に間男パパ、大いに頷く。リツカは驚き、困惑しているようだ。舞からは好かれていないと思っているからな。
「律花さん、受験のため塾や予備校は必要ですか?」
「はい、必要と思います」
リツカは素直に認めた。
「もうどこか決めてるんですか?」
「はい、個人塾ですが」
「塾だけなく模試の費用とか夏期講習や冬期講習がいくらかかるかわかりますか?」
「そうですね、費用的なことはある程度見通せるでしょう」
「その支出を律花さんのお父さんは約束してください」
「わかった、約束しよう」
間男パパは了承した。
「それと」
舞は付け加えた。
「政治家って忙しいお仕事と思いますが、律花さんはあくまで学業優先にしてください。選挙のお手伝いとか、仕事上のお付き合いに連れ出すとか、そういうことをしないでほしいんです」
横で俺ポカーン。なんか凄いね、舞さん。
「わかったよ、気をつける」
間男パパは苦笑いを浮かべた。天羽センセも何も言わなかった。
間男パパに約束させるという目的は達せられた。あとはずっと守り続けてくれるかだが、これはそれこそ未来の話なので不確かだ。政治家って公約破りを政治的使命と思ってる生き物らしいから、示談破りだってするかもしれない。
示談破りを仕掛けてきたら録音データを表に出す。間男がマユを襲い、俺と取っ組み合いになり二人で階段を転げ落ちた時のやつな。
このデータについては間男サイドはリツカも含めて知らない情報だ。今回の話し合いがこじれたら出してやろうと思っていたが、円満に終了したもんな。
天羽センセが意地悪なこと言ってきて困ったが、舞が跳ね返してくれた。あの助け舟には驚いたわー。俺の妹はサポート・アタックさせても世界一。




