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本能寺の敵  作者: 桜木覚
18/19

本能寺の変(5)

「上様はどこじゃあ」

乱軍となった本能寺境内で、明智光秀は叫び、駆けた。

通常時の寝所である書院に向けて走ろうとするが、本能寺僧兵の必死の防御がそれを阻む。


正史は、本能寺の変を、数万の明智軍が数百の織田信長をたちまち殲滅したと告げるが、実際はそんな簡単なものではない。

敵味方が旗幟鮮明であり、かつ、遮るもののない平地であれば、軍勢の数の差は、そのまま力の差となろう。

しかし、建物としては広大とは言え、本能寺境内は戦をするには「狭い」。

大軍勢をその中に押し込めれば、立錐の余地もない大混雑となり、軍の総数をそのまま軍の力とすることができない。

さらには、月明かりのない闇夜。この瞬間まで、友軍であった明智勢と信長の供回。

そんな状況では、誰が敵やら味方やら、判別も難しいはずであり、大軍だから易々と寡兵に勝てるとは限らないのだ。


歴史ドラマでは、織田信長は馬鹿正直に、「我こそ信長」と、夜目にも鮮やかな白い寝巻きで、明智軍に対し奮戦するが、実際を考えた時、「さあ、この白さを目印にして殺しに来い」と、言わんばかりの行動をとるだろうか?

明智の謀反と察知したならば、信長は、足軽の格好をすれば、明智軍の雑兵に紛れて脱出することもできる。

信長は、逃げようとしなかったのだろうか。

そうではない。「できなかった」のだ。


「なんのつもりだ」

手足の腱を絶たれ、崩れ落ちた天下人は、猿ヶ京の佐助を睨みつけた。

「とっとと首をとれ」

「天下様にご無礼とは存じますが」

佐助はトントンと、自分の肩を刀で叩いた。

「もう一芝居、お付き合いいただかねばなりませぬ。御免」

そういうと、信長を担ぎ上げた。


「三十郎」

佐助に呼ばれた嘯の三十郎が、能曲「敦盛」を唸り始めた。


〜にんげん五十年 化天の内にくらぶれば〜


「そっくりじゃな」

こんな状況で、信長の好奇心は少しの鈍りも見せない。

三十郎の声音が、自分にそっくりなことに感嘆した。

「女は苦しからず!」

三十郎がさらに声を揚げた。

「急ぎ罷り出よ!明智の敵は儂のみよ!女子供は殺すまい」

信長は妙に納得した顔をした。

「確かにな。儂なら言いそうじゃ」


佐助は困った顔になった。

「もう少し絶望してもらえませぬか」

信長はかろうじて動く首を捻って言った。

「将たるものに、絶望なぞありはせん」

佐助は絶句した。


パパパッと、鉄砲玉が打ち掛けられた。

光秀軍の接近を知らせる弥勒寺の孫六の合図である。

かねてよりの指図通り、障子が大きく開かれる。

ブラブラする信長の両手足を、猿ヶ京の佐助と朝霧の才蔵が支えながら外廊下へ出た。

百年後の庶民が見たならば、「文楽か」と笑ったに違いない。


それを見たのは明智光秀だった。


傀儡クグツとなった信長の後ろから、嘯の三十郎がさらに叫ぶ。

「惟任日向守!この謀反は何事ぞ!七生祟ってくれん。後生を憂いるがよかろう!」


「上様!」

光秀は絶叫した。

「上様の声ではない!」

再び叫んだが、喉がカラカラにひり付いて、かすれ声しか出なかった。

光秀は、信長がすでに虜となっていること、身動きがとれぬほどの重傷を負わされていることを理解した。


「考えよ十兵衛」

光秀は自問した。

どうする。

このまま突入して一か八かの救出を図るか?それともここで「後ろ」の何者かを呼び出し交渉するか?

それとも、それとも、


「光秀!」

その時、信長が叫んだ。

「天下を取れい!」


紛れもない信長の肉声だった。

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