本能寺の変(4)
地を揺らす轟音で、織田信忠は目を覚ました。
「何事ぞ」
「御所の方角に火柱が上がっている由にございます」
これが本能寺の最初の爆発であった。
「御所だと?」
跳ね起きた信忠は、庭に駆け下り、南南西の異変を見た。
すぐに本堂に梯子をかけ、屋根に登った。
御所が黒々とした影になっていた。
「御所ではない。本能寺じゃ!」
飛び降りると、信忠は直ちに出陣の号令をかけた。
「本能寺に敵襲!父上をお救いに参る!」
たちまちのうちに支度を整えた信忠軍1000が一目散に堀川沿いに南下した。
「これは、思ったより早いな」
妙覚寺を見張っていた望月小六郎も必死で駆けた。
なんとか、背後に信忠軍を感じながら、本能寺から北上してくる真田昌幸に一足早く合流することができた。
「おう、小六。妙覚寺は動いたか」
「織田信忠1000、怒涛の勢いで南下しております」
「もう来たか」
真田昌幸は、3000の兵を三分割させ、二隊を筋へ回り込ませた。
自らは1000を率いて、堀川沿いを北進した。
その姿を信忠軍も素早く視認した。
「若殿!目前に兵が動いております。およそ1000」
「互角か」
「しかし、あの旗は」
信忠も、旗本たちも、近づく軍勢が水色桔梗を掲げているのを見て、戸惑った。
「明智兵だと?」
信忠はここで一瞬の判断をした。
京の、信長、そして自分の位置を、一番把握している相手、つまり、一番油断してはならない相手は、他ならぬ明智光秀であった。
「駆けよ!突き崩せ!」
明智の謀反でなかった場合には、無駄な同士討ちとなるが、謀反であった場合、攻撃の手を緩めれば、むざむざ餌食となるだけである。
兵たちが無駄死にになる危険も含め、信忠は開戦の決断をした。
「おう、槍を奮ってきおる。見事」
真田昌幸はそのとっさの判断を褒めた。
「お館様のご無念、ここで晴らしてくれようぞ」
武田勝頼の首級を上げたのは、他ならぬ織田信忠の旗本隊であった。
真田昌幸はひと当り当たった。
数合交えたとみると、
「引け」
退却を号令した。
すぐに背を向けた水色桔梗を見て、織田信忠は明智光秀の謀反を確信した。
「明智日向守、別心か。撃てや者ども」
采配が大きく振られた。
先鋒の一軍が、逃げる真田昌幸を追う。
狭い京の街中で、先鋒と次鋒の間にやや距離ができた。
その薄くなった横腹に、別働隊1000が突きかかった。
算を乱す信忠軍。
先鋒が切り離されたとみるや、真田昌幸は軍を反転させ、揉み潰しにかかった。
先鋒を壊滅させると同時に、さらにもう一つの別働隊が、信忠軍の後方より襲い掛かった。
「なんだこれは!」
信忠軍はズタズタに引き裂かれた。
「これは明智の采配ではないぞ」
どちらかというと明智軍は攻城戦が得意で、縦横無尽に兵を手足のように操るという印象がなかった。
それが、まるで人が変わったかのような、可憐なまでの用兵に翻弄されている。
「光秀ではないのか?」
信忠の脳裏に疑問が走る。
だが、では、あの大量の水色桔梗はなんなのだ?
「殿!」
旗本衆がなんとか織田信忠の周りに辿り着き、一塊りとなって、明智軍を突破した。
目の前に二条城御新造が見えた。
「入城!体勢を立て直せ」
入城したのは百に満たない小勢であった。
「休ませるな!火をかけよ」
真田昌幸の容赦ない号令で、火矢が次々と二条城御新造に打ち込まれた。
「権次、仕上げだ。一気に蹴りをつける」
「おう」
真田の草の者の中で、火薬の扱いを一手に引き受ける、新発田の権次に命じた。
表の生業は花火師なので、やり方がとにかく派手だ。
麻縄できつく縛られた手筒を抱えると、その尻の導火線に、懐炉の種火を着火させた。
「ひとーつ」
と声を上げると、二条城御新造の塀に飛び乗った。
「ふたーつ」
小六郎が耳を塞いだ。
「みーっつ」
手筒の底から火が吹き出した。
ごうん、という音と同時に、手筒から花火玉が城内に打ち込まれた。
本陣の中から、カッと閃光が煌めいたと思うや、屋根を吹き飛ばし、バラバラと残骸が宙に舞った。




