本能寺の変(3)
山門での小競り合いが、”日妙”によって境内に引きずり込まれたのをみて、明智秀満は、雑兵たちの暴発を止めるべく、それを追った。
数百の兵がそれに引き続いた時、再び、塀の上に弥勒寺の孫六たち、雑賀衆が姿をあらわし、横腹から散々に銃弾を撃ち込んだ。
「おのれ」
味方が血煙を上げるのを見て、工兵隊がその足場を崩そうと、本能寺の土塀に丸太を突進させる。
丸太の衝突とほぼ同時に、本能寺の内側で再び大爆発が起こった。
内外からの同時の衝撃で、塀はたちまちのうちに瓦礫となった。
明智兵たちはそこから境内に雪崩れ込む。
明智兵の意気は上がる一方であった。
ごおお、と表現したら良いだろうか。
腹の底から湧き上がる高揚感。
死と隣り合わせの戦場だからこそ味わえる、抑制の効かない「楽しさ」とでも呼ぶべき感情が、全ての兵を支配していた。
「しまった!」
明智光秀は、慌てた。不測の自体は、こういう時に起こる。
「庄兵衛!」
さらに一将である溝尾茂朝に、無秩序な乱入を止めるさせるべく、その後を追わせた。
明智軍の五将軍のうち、3人が、本体から離れた。
その一瞬、明智光秀から一番遠くに離れた、左翼に向けて、一騎の騎馬が駆けた。
大将と見える鎧兜。
「者ども聞けい!」
兵たちの腹に響く音声。
「我らは、これより妙覚寺を焼き討ちいたす!我が殿、明智日向守様が、天下様となられるのじゃ!蟻の子一匹討ち漏らすな!」
一軍を率いる将の号令は、一朝一夕になるものではない。
この号令は、まさに将の号令であった。
当然である。
無敵の武田、二十四将の一人として、天下にその名を轟かせた男の号令だ。
真田昌幸が、そこに居た。
明智の左翼の兵たちは、彼を司令官と信じた。
「おう!」
鬨の声が上がった。
「駆けよ者ども!我に続けい!」
明智兵、その数およそ三千が、怒涛の勢いで本能寺から離れ、妙覚寺〜織田信忠寝所〜へ駆けた。
「何事か!」
左翼から聞こえる地鳴りに、光秀は叫んだ。
「わかりません」
「物見を出せ」
だが、光秀の本陣を離れるや否や、物見は路肩で骸を晒した。
光秀が本能寺周辺に張り巡らせた、不見の城砦が、彼らを閉じ込める檻として機能していたのである。
「一か八かじゃ」
光秀が采配を振るった。
「全軍、境内へ入れ!本能寺を占拠せよ!火は放つな!延焼してきたらば消し止めよ!」
境内に軍を入れれば、手練れの敵たちに袋の鼠にされてしまう危険があった。
だが、これ以上グズグズしていては、確実に信長の命がない。
ギリギリの決断であった。
明智兵が勢いを増して境内に雪崩れ込むと、本能寺の僧兵たちは支えきれずにワッと散った。
だが、明智兵が本堂に駆け上ろうとすると、中から、4〜5人の武者が現れ、縦横無尽に明智兵を切り倒して行った。
その中に伊那の又五郎の顔があった。
明智兵はたちまち二つに割れた。
大波を切り裂く様に、又五郎たちは明智兵の真ん中を進んでいった。
振り返る明智兵に”日妙”が、
「どこを見ておる」
と鉄棒を振るう。
明智兵が崩れたとみるや、本能寺の僧兵たちも体制を立て直して打ちかかる。
又五郎たちが易々と陣を突破してきたのを見て、光秀の旗本たちが一塊りになった。
あの敵がこちらを襲うと見たからだ。
だが、又五郎たちはそのまま光秀の陣地のすぐ横を通り過ぎると、京の町の中へ消えて行った。
「さて、と」
成田重四郎はそれを見届けると
「撤収撤収」
と呟いて、踵を返した。




