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本能寺の敵  作者: 桜木覚
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本能寺の変(2)

斎藤利三が昏倒し、明智の右翼の将が不在となった。

「左馬之助」

光秀は、左翼の将である明智左馬之助秀満に、斎藤利三が気を取り戻すまで右翼に回る様命じた。

「伝五!」

さらに光秀は藤田伝五を呼んだ。

「何が起こっておるのかわからぬ。すぐに本能寺貫主に目通りし、子細をお話しせよ。我らは本能寺に入り込んだ敵の透破を討ち取りに参ったのだと。闇雲に我らに手向かう僧兵どもを鎮められよと」

「承知」


側近たる藤田伝五の顔は、本能寺貫主も見知っている。伝令は彼でなければならなかった。


雑兵たちと僧兵の争いは、もはや小競り合いでは済まなくなっていた。

これを広げないためには兵を引かせるしかないが、そうすれば、追い討ちをかけられて軍が崩壊する。

僧兵たちに紛れて、あるいはこの動乱の中に息を潜めて、斎藤源吾を討ち取った手練れの敵がいると思えば、体勢を維持しておかねばならない。

だがその間にも本能寺に上がった火柱は伽藍に燃え広がり、撃ち合う明智の兵と本能寺の僧兵にみるみる死人が増えてゆく。


藤田伝五は比較的静かな西門に向かった。

通用門の潜り戸の前で息を整える。

小太刀を引き抜き、身構えながら戸を引き開けた。

人の気配はない。

よし、と、伝五は本能寺境内にまろび込んだ。


貫主の居室へ走ろうとするところへ、どさりと落ちてくるものがあった。

本能寺の東西南北を守備していた明星衆の一人であったが、伝五は知らない。

身構えたが、その男はもはや気息奄々であることに気がついた。


「藤田様でござろうか」

「如何にも、我は藤田伝五である」

「日向守様へお伝えくだされ。本能寺守備の明星衆、悉く討たれまいた。敵は、敵はあまりにも強く、、」

頭脳明晰な藤田伝五である。

知らされていないこととは言え、彼らが明智光秀の布陣の一つであることを理解し、それが決定的に崩壊させられたことを理解した。

「承知した。上様はご無事か」

「わかり申さぬ」

よく見ればその男は両足の腿から下がない。これだけの流血でよくここまで命が持っていたものと、感心するほどであり、信長の動静まで知ることは不可能であった。


その時、物凄い勢いで、伝五目指して槍が飛んできた。

男は残っている両の腕で地を跳ねると、伝五の盾となった。

まともに胸を指し貫かれられると、その勢いで伝五にぶつかって止まった。


「あっぱれじゃのう」

槍を放った主が近づいてくる。

「そこな透破を褒めてやりなされ、明智の将」

「これは己らの仕業か」

「いかにも。この西の門の陣を破ったのは」

槍の主が間合いに入った。

「わしよ」

槍の石突きを掴むと、引き抜いた反動で、一回転させ、伝五に向けて、横殴りに薙いだ。

小太刀で受けながら、槍の柄を滑らせて、伝五は敵に向けて走った。

敵は柄を蹴り飛ばして間合いをとった。


「見事な敵の様だな。名を聞こう」

「朝霧の才蔵でござる」

才蔵は太刀を抜くと、大きく空へ舞い上がった。

いずれの透破にも言えることだが、彼らの跳躍力には度肝を抜かれる。

空中からの、重力を味方にした斬撃。

伝五は再び小太刀で受けた。

ギン、とカネが鳴った。

伝五は太刀を居合で放った。


物理法則に従えば、ここで勝負は決まる。

だが、才蔵は振り下ろした太刀を起点に、再び”空中”へ逃げた。

伝五の渾身の居合は、空を切った。


とっ、と塀の上に立った才蔵。伝五に、しゅっ、と指で挨拶するかの様な仕草をすると、本能寺の奥へ向かって駆け去った。

伝五は茫然と取り残されたが、ハッと我に帰ると、目的地に向けて走り出した。

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