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本能寺の敵  作者: 桜木覚
14/19

本能寺の変(1)

一旦たじろいた攻城兵たちも、すぐに体勢を立て直し、怪僧に向けて丸太をえいやと突き進める。

怪僧は鉄棒をかなぐり捨てると、両のかいなでがっしりと受け止め、勢いに任せて右手に振り飛ばした。


十名ほどが取り縋っていた丸太はそのまま本能寺山門の柱をなぎ倒し、山門はガラガラと音を立てて崩れた。

その残骸を乗り越えた明智兵が槍をふるって怪僧に突きかかる。

鉄棒を再び手にした怪僧が、一撃で足軽たちを退ける。


突然の轟音と炎上に、僧房から慌てふためき飛び出した本能寺の僧たちは、その光景を目の当たりにすることになった。

怪僧は叫び続けている。

「我は本能寺の日妙なり!」

本能寺の僧は常時1000名ほど出仕している。ただでさえ数が多い中、全国の末寺から取っ替え引っ替え役僧が派遣されてくるので、全員が全員顔を覚えているわけではない。

”あんな僧がいたか?”と思っても、本能寺に向かって攻撃してくる軍勢に立ち向かっているのだから、味方である、と判断するのは当然である。


そして、門外には水色桔梗が林立している。

「あの紋所は!」

「明智日向守と見えまする」

「明智殿ご謀反か!前右府様をお守りせよ!」

腕自慢の僧兵たちが、”日妙”に「加勢いたす!」と、その争いに向けて乱入して行った。


雑兵が、本能寺の僧兵たちに押し返されるところに、斎藤利三が駆けつけた。

「静まられよ!我らは上様をお救いにまいった!敵は、本能寺の中におりまする!敵は本能寺に」

その声を聞いて僧兵たちはさらに逆上した。

「我らが敵と!」

「おのれらの謀反を棚に上げるか」

「大将首討ち取って手柄とせん!」


わっと僧兵たちが群がる。利三を守るべく、将兵がこれを迎え撃つ。

明智軍が再び、本能寺境内に僧兵を押し返した。

「まて、そこまでじゃ、止まれ!」

斎藤利三が叫んだ時、そのクワガタを銃弾が弾き飛ばした。

鋭い金属音。

間髪入れず、兜に銃弾が命中した。

弥勒寺の孫六の手の物の銃弾であった。

兜は銃弾を弾き飛ばしたが、衝撃は大きい。斎藤利三はその場に昏倒し、失神した。

「我が殿!」

斎藤利三の側近たちも逆上する。駆けつけたばかりで数も少ない本能寺の僧兵たちを囲み、引き倒し、なます刻みに殺害した。

「この謀反人どもが!」

"日妙”が叫びながら数人の明智兵を打ち倒すと、寺内へ退却した。

「追え!」

明智兵はそのまま、本能寺内へ引っ張り込まれることとなった。


その頃、僧兵ではない、学僧たちが目をやれば、信長の寝所となっている書院にはまだ火が回っていなかった。

「これは幸い。搦手よりお逃げいただけ」

その声に合わせて、学僧数名が、わっと、駆け出すのは流石の判断であった。

回廊から、書院に繋がる戸を開けると、外の喧騒が少し鎮まった。

「ご謀反!明智どのご謀反!お逃げくだされ!」

学僧が叫んだが、返事がない。


これだけの騒ぎに、小姓たちからなんの反応もないのは変だ。

「ご謀反であります!」

小姓の詰所に駆け込んだ学僧は息を飲んだ。

「こ、これは」

初夏の寝具は薄い。それが室内の暗さの中でもはっきりわかるほど、ぬらぬらと光っている。

血だ。

寝具の上からひとつきに、的確に心臓を貫かれているものもあれば、直前に察したのか、身を捻っているものもある。

しかし、抵抗する間も無く、鮮やかに、全員が始末されたことは一目でわかった。

学僧が踵を返そうとした。


しかし、彼は振り返ることなく、その場に崩れ落ちた。

彼を刺したものは、成田重四郎の下男として同行して来た少年だった。

名を伊那の又五郎という。

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