本能寺の変・畢る
「おごわあああああああああああ」
光秀のひりついていた喉が、一気に堰を切ったように解放された。
この世のものとは思えない咆哮である。
「撃てぇい!上様もろとも、不逞の者どもを打ち払え!」
鉄砲隊が前面に進み出て、雨あられと銃弾を放った。
瞳孔が開き切った光秀は、その光景を見ているのかいないのか、
夢のように、ゆっくりとゆっくりと、信長の体に銃弾がめり込んでゆく様を知覚していた。
肩に、腹に、衝撃が吸収されてゆくと、そこから血飛沫が、ポンと音を立てて吹き出していた。
信長の目が、光秀を捉えた。
うえさま、と、光秀は、叫んだ。いや、叫んだのかどうか。
信長の、変わらぬ鋭い眼光がその叫びに応え、少し笑ったように見えた。
次の瞬間、弾丸が、信長の額を捉えた。
白い脳漿が散った。
続け様の弾丸の衝撃に、信長の肉体が跳ね、はずんだ。
流石の猿ヶ京の佐助、朝霧の才蔵も、信長を支えたままでは無傷ではいられぬと、短槍を信長の背に「つっかえ棒」として突き立て、書院の中へまろび込んだ。
「槍隊!突撃!」
引き続いて槍衾を作った一軍がどっと雪崩れ込む。
先鋒は、信長にも突きかかろうとしたが、立ち往生しているその姿に、一瞬怯んだ。
「どけ」
明智光秀が槍兵を掻き分け、信長の遺骸に覆いかぶさった。
「敵は書院の奥じゃ!逃すな。一兵残らず討ち取れ!」
その声に、書院奥へ突進してゆく槍隊。
闇から猿ヶ京の佐助のクナイが、先陣の数人を撃ち倒した。
同時に、槍隊の背後を、弥勒寺の孫六たちの銃弾が襲った。
前後からの急襲で隊列が乱れた。
闇から飛んでくるクナイ・手裏剣の方向へ、滅多矢鱈と突きかかる。
室内の戦闘で、長槍は機動力を削ぐ。
一方、佐助ら草の者たちは、短刀程度の忍刀で、明智兵を挑発し、分断しながら、奥へ奥へと誘い込んでいく。
さらに、本能寺の僧兵たちが、背後に迫ってくる。明智軍の後衛と睨み合い、幾合か、槍を交え始めた。
明智左馬之助が、光秀に走り寄った。
「このままでは、挟み撃ちになり申す!上様の首級を取られ、退却が上策かと」
「猿ヶ京の」
明智兵を縦横無尽に切り刻みながら、朝霧の才蔵が佐助に声をかけた。
「ここは、これまでだな」
「うむ」
猿ヶ京の佐助が煙玉を境内に投げて叫んだ
「火をかけよ!」
号令にあわせ、書院の四方から一気に火の手が上がった。
建物の奥へ誘い込まれた明智兵たちが、我先に逃げ出してくる。
逃げ遅れて、火達磨になったものがまろび落ちてくる。
明智光秀は、左馬之助に促されて一旦、信長の首に手をかけたが、やめた。
「上様は死なぬ」
「え」
「織田信長は死なぬ!このまま、五体を消し飛ばせ。世人に『あれが織田信長の最期よ』などと見せてはならぬ」
「承知!」
左馬之助は、光秀を馬廻衆に託すと、工兵隊の元へ飛び、硝石の俵を担ぎ出した。
えいや、と軒下へ数袋の硝石を転がした。
「引けい!」
明智兵が崩れた土塀を越えて、安全地帯へ走ってゆく。
避難完了の確認もそこそこに、明智左馬之助が号令した。
「放てい!」
硝石の俵に向けて火矢が撃ち込まれた。
いっときの間の後、本能寺書院は轟音を上げて吹き飛んだ。
天地をつなぐ圧倒的な火柱の中、織田信長は、跡形も残さず霧散した。
「なんだどうした」
本能寺の爆散に驚いたのは真田昌幸であった。
「あそこまで大きな仕掛けはしておりません。明智の手によるものでしょう」
側の成田重四郎が応えた。
いや、成田重四郎を名乗っていた、真田昌幸の次男、弁丸が応えた。
「なんのために」
「さて、追々わかりましょう。それよりも、二の矢が大事」
食えぬ親子が笑い合った。
猿ヶ京の佐助たちが、走り寄ってくるのが見えた。




