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8… 草津節


コウレイジャー黒の柴田さんことのぶちゃんは、回していた手を止める。

「なぜですか?」

「おいおいどうしたの梨乃さん。もう少しで終わるよ!」

驚く半蔵さんを無視して、梨乃さんは会場の隅の方に走った。

柱の影に、ぼんやりと人が見える。

「あっ…」

声を出したのは半蔵さん。

「みっちゃん!」

その人は、梨乃さんの亡夫、道也さんだった。


ーーーーー


「お願い、少しだけ話したいの」

梨乃さんは謎のイケオジの方を見る。

「梨乃さん、申し訳ないが、スキーマーは対処できるうちにやっつけてしまわないと、すぐに変異してさらに厄介になってしまうんです…」

「何よ!ケチね!大好きな人に会えたんだからちょっとぐらいいいじゃない!」

と怒ったのはこまちちゃん。恋愛の話には感情移入出来るのか優しい。

他のメンバーもウンウンとうなずいてるのでだいたい総意である。

売れない漫画家さんは、こまちちゃんに好かれようとのぶちゃんの腕を後ろから掴んで回せなくした。


「あ、大好きってほどじゃない」

梨乃さんは振り返って言った。

「え?」みんなキョトン顔。

「だってこの道也、新婚当初から何回も浮気してたし、その上借金残して勝手に死んだんだよ?しかも死ぬ前の数年間は生活費ほとんどくれなくて仮面夫婦だったし、大好きなわけないっつーの!」

ドン引く一同。

梨乃さんは薄ーく存在している道也さんの前に立った。

「道也。」

「…」

「触っても、実態ないんだよね」

梨乃さんが道也さんの肩に手で触れようとしたが、スカッと空振りになった。

謎のイケオジが気の毒そうに声を掛ける。

「梨乃さん、スチームファントムはAという人間の記憶の海馬からBという存在を作り出す、B本人ではないAの考えているBです。

対話に意味はありません。そもそも会話は出来ないんです」

「いいの」

梨乃さんは笑った。「言いたいだけ」。そしてファントム道也さんに言った。

「アンタが急に事故で死んでから、ほんとーーーーに大変だったのよ!アンタの愛人とやらが出てくるわ借金は発覚するわ、子供達は揉めるし、義母さんはボケるし親戚連中はうるさいし!」

聞くだけでも散々である。梨乃さんの苦労がしのばれた。


「道也が死んじゃってね、一瞬は悲しかったけど、すぐに大変なことばかりが続いてさ。もう、眠れない日が続いたよね。悲しいよりもむしろ恨んだ。マジで頭きちゃってさ。お金ないし、借金の催促状は毎日届くし。赤い封筒なんて初めて見たわよ!

住むとこだってアンタ名義の借家しかなかったじゃん?アパート出なくちゃいけなくて一時期は路頭に迷ったんだから。

再婚も考えたわよ、でもあの時私57歳よ?!

再婚には遅いし年金には早いし、あ、年金ってあっても一人分だと少なすぎて生活できなさそうだし、もう、もう、本当に夜も眠れないほど不安だったんだから!

どうせ死ぬならもっと早くか、もっと遅くのどっちかにしてよ!」

困り顔のような、笑っているかのような、道也さんの顔。でもその瞳は、しっかり梨乃さんを見ている。

「あれは、ほんとのみっちゃんだよ…みっちゃん、心配だよなぁ、梨乃さんのこと、心配だよなぁ」

半蔵さんがポロポロ涙をこぼす。

「ここに来てからずっと見えてたよ、アンタのこと。だから、男に捕まった時も、怖くなかった。あそこで死んでも、道也と一緒に逝けるかなって思って…連れてってくれるかなって…」

梨乃さんもポロポロ泣いて、他のメンバーももらい泣きした。


梨乃さんは、触れることができない道也さんの手にそっと自分の手を重ねる。

「ぶっちゃけるけど、色々あったから、ありすぎたから、もう道也を愛してるかどうかも分からないし、来世があるならまたアンタも結婚したいかどうかも分からないんだよね、私。


でも、あのね、もう一度話したかった。

もっと、話したかった。

たくさん話して、アンタのこと知りたかった」


「ボクもだよ。ごめんね

もっと梨乃ちゃんと話せたら」


道也さんが梨乃さんの手の上に、また手を重ねた。

梨乃さんがハッとして顔を上げる。

「ファントムが、答えた!」

謎のイケオジが驚愕した。

「これは…ファントムは受け答えはできないはずです…どうして…?!」

「つまり…」

秀治さんが言った。

「ここにいるのは、本物の幽霊?!」


道也さんは、半蔵さんを見てペコリと頭を下げた。

「みっちゃん!」

半蔵さんも駆け寄る…思い出すのは、なぜかとても小さい頃の事で、半蔵さんがドブ川に落とした百円玉を暗くなるまで道也さんと一緒に探した日のこと。

「みっちゃん、あの時ありがとな!ちゃんとお礼言えてたかなってオレさ…!」

みっちゃんは笑った。紛れもなく、みっちゃんだった。


道也さんは薄く消えかけて、梨乃さんに重ねた手も、透けていた。

「ま…待って…まだ話したい事…たくさん…」

梨乃さんがスカスカする道也の体を捕まえようとする。


「最後に教えて!道也、天国ってある?」

道也さんは少し驚いた顔をして、うなずきながら消えていった。

うなずいたかどうかは微妙だったけど、みんなにはうなずいていたように見えた。


「よかった…」

梨乃さん道也さんが消えたあたりを両腕で包み、

「お医者様でも草津の湯でも

惚れた病は

治りゃせぬよ…」

と、いい声でそっと歌った。


が、みんながしんみりしたその時!


草津の湯が高く舞い上がり、湯煙の中から何かが現れた!!








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