2…石うすうさぎ
「意外と、近いようで遠いような」
東京駅から新幹線に乗って高崎まで小一時間、そこからJR吾妻線に乗り換えて十八駅約一時間半、
コウレイジャー御一行様たちは長野原草津口に降り立った。
草津が初めての半蔵さんは微妙な感想を述べる。
電車は指定席(謎の組織の経費)だったのでそこまで混雑を感じなかったのだが、駅に降りるとかなりの数の観光客でごった返していた。
長野原草津駅からは、草津温泉行きのバスが運行している。(30分ぐらい)
東京からだと日帰りはキツイが、一泊二日しか休みが取れない場合などのちょうど良い小旅行エリアだ。
「熱海より不倫旅行客は少ない気がするわね」
梨乃さんは辺りを見まわしながらつぶやく。
「熱海より、ちょっと不便だし体力いりそうだもんね、ジジイとババアには無理だよ♡」
毒舌ヤングこまちちゃん、今日もキレキレだ。
運良く、一行はすぐに出発の便のバスに乗れたのだが、二列席で七人なので誰か一人横に知らない人と乗ることになる。
「アタシ一人でいーわ、ボーっとしたいし」
梨乃さんはとっとと窓際のはぐれ席に座った。まあ多分寝ちゃうだろうしと、他のみんなも適当にペアで座る。
桜桃男こと売れない漫画家さんだけは…なんとかこまちちゃんの隣をゲットして、ほんの少しのふれあいを噛み締めていた。
出発ギリギリになって梨乃さんの隣に男が乗り込んできた。
まだ若い(梨乃さんから見れば)、アラサーだろうか。梨乃さんにペコリと頭を下げる。
彼の顔を見て、梨乃さんはギョッとした。
五年前に亡くなった夫、道也にそっくりだったから。
正確には、隣の男の方が三割はイケメンかもしれない。いや、清潔感もレベチかもしれない。足も長いし小顔だし髪も綺麗で…(それはもう別人)なのだが、醸し出される空気感がものすごく似ているのだ。
匂い?かもとも思ったが、亡夫は若干加齢臭がしてたし…などと考え込む梨乃さん。
(でもなぁ)
五年前、夫は六十歳という若さでこの世を去ってしまった。交通事故だった。
梨乃さんの人生設計の中で、夫が先に死んでしまう、ということは組み込まれていなかったので当時は頭の中が真っ白に、お先は真っ暗になった。
数年経ち少し落ち着いて思い出す夫の姿は、なぜかいつも若い。
出会った頃の道也だ。
まだ細くて髪もフサフサで、肌もピカピカな三十五歳。
新婚旅行のあの時も、こうして二人で草津温泉行きのバスに乗って…
「温泉や宿のお料理、楽しみだね」
「梨乃ちゃんは食いしん坊だからなぁ」
「いろり鍋、いいよね」
「夜空見ようね、いっしょに」
梨乃さんが思い出に浸っている間に、バスは草津温泉に着いた。
いつの間にか隣の男は降りていて、梨乃さんが最後の乗客になっていた。
「梨乃さん、早よおりな」
三郎さんが声をかけてくれて気が付いたのだ。
バスを降りてから、ホテルまでは徒歩で行けるというので、観光がてらみんなで歩くことにした。
「ちょっとお腹が空いたかな」
珍しく秀治さんが言った。朝ごはんを食べ損ねたらしい。
田舎の観光地(主に山方面)あるあるで、蕎麦屋さんがけっこう目に付く。
時刻は十四時半…微妙っちゃ微妙な時間だ。
「ううむ、どうするか…夜はバイキングだし…」悩むのは三郎さん。
なぜなら、夜はバイキング料理だからだ。
十八時ごろから制限時間の一時間半、食べることに全力を尽くさねばならない。
今ここでこの時間に蕎麦…を食べてしまったら、本番で全力が出せるであろうか。
でも美味しそうである、蕎麦。
三郎さんの苦悶をよそに、こまちちゃんが
「そういえばお昼まだじゃん!食べよ!」
とあっさり決めた。みんなこの娘にはなぜか逆らえない。
「まあ、夕飯の前に一回温泉に入ればいいか!胃袋リセットだ!」
よく分からない三郎理論が飛び出したり。
目を付けたには「蕎麦屋、石うすうさぎ」名前が可愛い。
道ゆく観光客は多いので、駅近道路沿いにあるこの蕎麦屋もさぞかしお客さんで満員かと思いきや、コウレイジャー御一行以外に誰もいない状態だった。
「場所もいい、店も綺麗、なのに客がいない。コリャよっぽど蕎麦がまずいのかねぇ」
半蔵さんが空気も読まずにそんなことを言いながら席につく。
水を用意していた奥の店員さんがチラリとこちらを見た気がした。
売れない漫画家さんは背中を丸め、スマホでこの店のレビューを探し始める。
「千五百三十九レビューで星四ですよ…超いい。なになに、"いつも混んでるけどめちゃ美味しい""お値段以上のクオリティとボリューム""店主の人柄に惚れる""店員さん可愛い"…って、べた褒めじゃないですか!」
「じゃあ、たまたまこんな感じ?」首を傾げる梨乃さん。
ちょうどその時、可愛い店員さんが水を運んできてくれた。
お水が八つ。
「あら、私たち七人よ」
「え,そうですか…申し訳ありません!」キョロキョロして「もう一人若い男の方が…」と言いかけてやめた。
「若い男…私かなぁ」
謎のイケオジがキメ顔をしながら髪を指で撫で付ける。
こまちちゃんはあからさまにウヘェという顔をしたが、彼はそもそもイケオジだしお金持ちそうなので毒舌は出さなかった。
お水が多かった問題は単なる見間違えとして片付けられ、一同は夜のバイキングを想定した軽めの蕎麦をそれぞれ注文する。
山菜蕎麦、とろろ蕎麦、ざる蕎麦、かけ蕎麦…どれも評判通り美味い。
「オレ、生まれも育ちもお江戸だからよ、蕎麦にはひとつうるせぇんだけど、美味いじゃないかオヤジさん」
半蔵さんがなぜかいつもよりいなせな江戸っ子風で店長に話しかけた。
「ありがとうございます。自慢の手打ち蕎麦です。でも、こんなにお客さんが少ないんで、ビックリされたでしょう。たまーにあるんですよ、こんな日が。私たちはね、お化けが出る日って言ってるんですけどね…」
「お化け?!」と一同。
店長の横にいた奥さんは店長に「シッ」と言いながら顔をしかめた。




