5 自称の神、その正体
第五章自称の神、その正体
その世界から解放されたとき、そこは別世界だった。文明の発達した町は、僕を歓迎してくれなかった。もちろん、僕も同じだった。
爆発する円筒状の何かを放ってきたが、僕には通用しない。あっという間に、そこは火の海となった。
そうして僕は、次の場所を目がけて空を渡った。その中で、ある一つの家に妙に興味を惹かれた。またあの時のように、考えることが定められているようだった。
静かな家の中へ、足を踏み入れる。家具は揃っているが、人の気配がしない。台所に溜まった食器から、生ものの臭いがした。
床に落ちている複数枚の原稿用紙に気づいた。不自然に、そして故意に撒かれたようなそれを、持ち上げる。
『レオンはその日テントウムシを潰し……
母の首は落とされ……
天使と出会い……』
僕の目は、その文章に囚われ、飲み込まれていった。それは、レオンの人生を文字にしたものだった。歪んだ笑いが、部屋に響いた。
「僕の存在は、玩具に過ぎなかったんだな」
憎悪の矛先はこの世界へ、そして神へと向いた。
――本人は、直後に現れた。
「読んでくれたかい、僕の傑作を」
それはまた、後ろからやってきた。既視感のある男が、そこにいた。
――預言者の男。
「私は君を作ったんだ。どうだい? 私を殺したい、そう思うんだってな」
「殺す。お前を殺してやる。殺す。殺す」
拳に力が入った。男はその言葉を聞いて笑った。
「だが残念だが、不可能なのだよ。僕は神で、君は作られた存在――」
その通りだった。理性では、僕もそのことを理解していた。しかし、しかしながら――僕の苦しみを作り出した存在が、もしそんな言葉を言ったのなら、誰が殺意を抑えていられようか。
思いきりその人間の頭を目掛けて飛びかかる。
……。
その爪は、男の瞳の直前で止まった。
「言っただろう」
男は不気味な笑顔に、言葉を添えた。
――ギシギシギシ。
空間に亀裂が入り始める。
「なんだ」
レオンの目は血走り、赤く染まっていた。彼の地獄に塗られた過去によって生み出された怒りは、紙上の存在をゆうに超えていた。
……ブシャ。
血があふれる。男の血だ。僕はそれを飲み込んだ。
情景に映るのは、書斎だった。まさに今、この僕がいる部屋。
「あなた、またダメだったの?」
「すまない、花蓮」
男が、封筒の紙をぐしゃぐしゃに丸めた。
女は顔を歪ませて言った。
「私、もうあなたに付き合いきれない。生活できないもの」
それを聞いた男は、無言で立ち上がった。そうして、女のもとへ向かう。
「なに? 今更ハグでもするつもり?」
「きゃ!」
男は、女の首を力いっぱい握っていた。
「君はまさに天使だよ。だから最期は、僕の手で死んでおくれ」
「ごめん、ごめん、花蓮」
苦しそうな彼女は、口を開いた。
「仕方ないわ。人は愛に弱い生き物なのよ。私も、そう」
死んだ彼女を見て、男が言った。
「大丈夫。君は僕の作品で、生き続けるのだから」
そんな記憶に、興味はなかった。なによりも、僕はあの力を手に入れたからだ。それは神の力、そしてそれは、創造の力である。
静かに血飛沫だけが舞った部屋で、周りを見渡した。引き出しを開ける。そこには、薄い一枚の紙があった。握ってみると、手についた血が滲んだ。
ペンを持った、そのときだった。
「やったわね」
聞き覚えのある声。深く、黒い。
「私はずっと、あなたの中からあなたのことを見ていたわ。私のギフトは寄生。私を殺した相手の中で、生き続ける力なの」
「ずっと僕のこと見ていたのか」
「そうよ、あなたの必死に生きる姿、すごく美しかったわ」
「僕の中で生きるために、僕に殺させたのか」
「そうよ。これが、私のしたかったこと」
「そうか」
「さあ、私と二人だけの世界を作りましょう」
その言葉を最期に、僕は彼女を上書きして消し去った。もう、愛という文字は少しも残されていない。憎しみの化身でしかない。
……と、思っただけだった。
「僕は何をしているんだ」
僕に残る――いや、僕ではない誰かの感情のせいか、小さな悲しみが垣間見えた。
それから僕は、数多くの世界を創造した。主人公を描き、彼ら彼女らに絶望に溢れた物語を辿らせる。それは、僕にとっての使命のようだった。いかに世界が苦しみで満ちているのか。それを刻みたかったのだろう。
あるとき、無意識に作り出してしまった世界があった。母と妹に愛され、苦しみの中でも懸命に生きる主人公。
無意識に書いたそれに気づいたとき、僕は必死に消そうとした。
「私は母に愛され……」
文に二重線を書き込む。そして――
――その線はなくなった。
何度書いても、その線は紙に残らなかった。
(なぜ、なぜ、なぜ!)
僕はその世界に入ることにした。風に吹かれ揺らぐ花を見つめる、少女の影が目に入った。
「君には世界がどう見える?」
僕は、少女にそう尋ねた。
――そこで、本の文字は途切れていた。




