第7話 再び立ち上がる力1
坂井は靴すらまともに履かず、狂ったように家を飛び出し、夜の街へと駆け出した。
(そんな……嘘だろ……あり得ない……!)
混乱と恐怖に脳を支配され、坂井は息を切らしながら病院へと走り続けた。
病院の扉を押し開き、受付へとなだれ込む。
「「すみません、本日はどうされましたか?」」受付の看護師が、息を荒らげる坂井に優しく声をかけた。
「昨……昨日...小さな女の子が……電話がかかってきたんだ……!」坂井は狼狽し、言葉が上手く出てこない。
看護師は困惑した。「お客様……何を仰っているのか……」
ドン!
感情を抑えきれなくなった坂井は受付のカウンターを強く叩いた。「桜っていう子がいるはずだ!! ここにいるはずだろ!?」
突然の怒鳴り声に看護師は言葉を失った。そこへ異変に気づいた医師が歩み寄り、坂井の肩を叩いた。「落ち着きなさい、君。まずはあちらの椅子に座りなさい」
坂井は全身の力が抜けたように深く溜息をつき、ソファに深く腰を下ろして俯いた。
数分後、先ほどの医師が戻ってきて言った。「ついて来てください」
坂井は弾かれたように立ち上がり、震える声で尋ねた。「桜は……桜は無事なんですか!?」
医師は答えず、坂井を病室の前へと案内した。
ガチャリ──
扉が開いた瞬間、坂井はその場に凍りついた。
ベッドの上には、全身に幾本ものチューブを繋がれた桜が横たわっていた。
医師は痛々しそうに口を開いた。「命に別条はありませんが、重傷を負っており、意識不明の状態です」
「そんな……何があったんだ……」坂井は吸い寄せられるようにベッドへ歩み寄り、傷だらけの妹を見つめた。
医師は部屋のテレビをつけた。「昨夜、このエリア一帯が突如停電しましてね。妹さんは横断歩道を渡っている途中で車にはねられたんです」
画面の中ではニュースキャスターが報じていた。
『.....昨夜発生した大規模な停電により信号機が停止し、街は一時混乱に陥りました。これにより複数件の交通事故が発生し、負傷者が出ています。警察は現在、停電の原因を詳しく調べています...』
坂井はその場に立ち尽くし、ニュースの声を聴いていた。医師は「私はこれで失礼します」と言い残し、静かに部屋をあとにした。
坂井は長い間言葉を失っていたが、やがてゆっくりと振り返り、桜を見つめた。
「私の.....私のせいだ....」
坂井は崩れ落ちるように椅子に座り込み、ただ黙って桜を見つめ続けた。
夜。コンコン。
受付の看護師が部屋に入ると、そこには魂が抜け落ちたかのよう椅子に座り続ける坂井の姿があった。一言も発さず、ただ静かに妹を見つめている。
「面会時間は終了しました。お客様、お引き取りください」
坂井は何も言わず、ただ静かに立ち上がって部屋を出て行った。
それからの毎日。
坂井は毎日病院に通い、妹のそばに付き添い続け。受付の看護師は一週間の間、彼の姿を見守っていたが、坂井の顔からは次第に生気が失われ、酷くやつれ、食事をとっている様子すらなかった。
ある日のこと。
「すみません、ここに桜という少女は入院していますか?」
受付で声をかけたのは一人の女性だった。看護師は「こちらにご記入をお願いします」と書類を渡した
手続きを済ませた彼女は、桜の病室へと向かった。
扉を開けると、そこに背中を丸めて座る男がいた。
「やっぱりここにいたのね。電話にも出ないし」
坂井が振り返ると、そこに立っていたのは橋本だった。だが、彼はすぐに視線を落とした。
橋本はベッドの桜を見つめ、(これは....思った以上に酷いわね....)と心の中で呟いた。
「私の....私のせいだ...」坂井がぽつりと呟いた。
橋本は坂井の肩に手を置いた。「そんなこと言わないで。あんたのせいじゃないわ」
「私のせいじゃないわけがないだろ!?」坂井は激昂して手を振り払った。「あんたの指示通りに電源を切っていれば、こんなことにはならなかった!」
坂井は頭を抱えた。「もう嫌だ……これ以上は続けられない」
橋本は眉をひそめた。「ここでやめたら、ジャックファミリーの件はどうするの?」
「知るかよ!!」坂井は橋本の言葉を遮った。その瞳には光がなかった。「そんなのどうでもいい...全部、どうでもいいんだ....」
橋本は溜息をついた。「...少し時間をあげるわ」そう言い残し、彼女は病室を去った。
坂井は面会終了時間まで留まり、暗い夜道へと足を踏み出した。
「助け....助けてくれ!」
暗い路地裏から悲鳴が響いた。
坂井はうつろな目で路地を覗き込んだ。そこでは男が老人のカバンを強引に奪おうとしていた。
「誰か....誰か助けてくれ!」老人が叫ぶ。
「素直に出せば痛い目は見ないんだよ!」男が怒鳴る。
坂井はただそれを見つめ、関心を示さずに通り過ぎようとした。
その時、彼の横を何者かが猛スピードで駆け抜けた!
「手を離しなさい!! 警察よ!!」
叫び声とともに躍り出た七海が、犯人を豪快に押し倒し、地面に押さえつけた!
「こちら178号路地。強盗犯を確保。応援をお願いします」
老人は腰を抜かしたまま、「あ、危うく命を落とすところだったよ……」と苦笑いした。
坂井がぼんやりと歩み寄ると、老人は坂井を見上げ、悔しそうに言った。「お兄さん.....さっき見ていただろう? なんでただ見ていただけなんじゃ?」
その言葉は、坂井の胸を鋭く突き刺した。
「私にも....わかりません」
様子のおかしい坂井に気づいた七海が声をかけた。「何かあったの?」
坂井は静かに溜息をついた。「....なんでもありません」
七海は坂井をじっと見つめた後、優しく言った。「吐き出した方が楽になることもあるわ。もうすぐ勤務が終わるから、少し待っててくれる?」
坂井は小さく頷いた。
しばらくして。
警察署の外で待つ坂井の背中を、私服に着替えた七海がポンと叩いた。
「お待たせ! 近くのカフェにでも行かない?」




