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第5話 ROT作戦1

「それで? 修正してほしいところって何よ?」橋本は腕を組み、眉をひそめて坂井を見つめた。


坂井はメガネを指差した。「できればマップナビ機能か、リアルタイムのGPSシステムを追加してほしいんだ」


「GPSねぇ……」橋本はぶつぶつと呟きながら振り向き、パソコンに向かってキーボードを激しく叩き始めた。


坂井が覗き込むと、画面には、彼女がいくつかの老舗GPS企業を検索している様子が映っていたが映っていた。彼は慌てて声をかける。「あ、そのソフトは古すぎるよ。今はもう誰も使ってないんだ。……『ROT』を使ってよ! 今、一番普及してるGPSシステムで、カーナビもスマホのアプリもみんなこれを使ってるんだから」


「へえ……そうなの?」橋本は少し驚いたように彼を一瞥すると、すぐに指先をキーボードの上で走らせた。「わかったわ。あんたは先に帰りなさい。サーバーへのハッキングを試してみるわ」


橋本がすでにコードの世界に没頭しているのを見て、坂井は軽く挨拶をしてその場を後にした。


家に帰り、ドアを開けるとすぐに妹の桜が嬉しそうに出迎えてくれた。


「あ! おかえり、お兄ちゃん! 最近帰りが遅いけど、何かあったの?」


坂井は胸の重苦しさを押し殺し、作り笑いを浮かべて妹の頭を撫でた。「ううん、大学のサークル活動がちょっと忙しくてね」


「そっか! ねぇねぇ、聞いてよ!」桜は坂井の腕を引いてソファに座らせると、今日学校であった出来事を楽しそうに話し始めた。


妹の澄んだ無邪気な声を聞いているうちに、坂井の一日中張り詰めていた神経が次第に解きほぐされ、疲れが、少しずつ抜けていくのを感じた


(この子の笑顔を守れるなら……どんなことでもやる価値がある)


翌朝。


坂井がキャンパスにつくと、遠くに七海瞳の見慣れた後ろ姿を見つけた。彼は足早に歩み寄り、彼女の背中をポンと叩いた。「おはよう、七海さん!」


七海がゆっくりと振り返る。「……おはよう……」


坂井は思わず一歩後退りした。


目の前の七海は凄まじいクマを作り、目は血走り、顔からは完全に血色が失われていた。まるでまるで一晩中走り続けてきたかのような疲れ切った顔をしていた


「だ、大丈夫……?」坂井が心配そうに尋ねる。


七海は正面から答えず、ただ虚ろな目でぽつりと呟いた。「……あと15ページ……」そう言い残すと、幽霊のように去っていった。


「15……15ページ? どういう意味だ?」坂井は彼女の力ない後ろ姿を首をかしげながら見送った。


ピコン——!


ポケットの中でスマホが震え、見覚えのない番号からメッセージが届いた。


『今日の講義が終わったら来なさい』


坂井は引きつった笑いを浮かべた。(あいつ、いつの間に僕の電話番号手に入れたんだよ……)


坂井の専攻は化学だった。午後の実験の授業で、教授が壇上に立って実演を行っていた。


「この実験は皆さんも特に注意してください」教授は赤色の液体が入ったビーカーと、白色の粉末が入った試験管を持ち、粉末を少しずつ液体へと投入した。液体はすぐに劇的な変色を見せる。


受講生たちから歓声が上がった。


「次に、もしこれを混ぜる速度が速すぎると……」教授は全く同じ試薬をもう一組取り出し、一気に流し込んだ!


パンッ!


ビーカーからくぐもった小さな爆発音が響き、直後に濃密な白い煙が瞬く間に広がり、壇上の半分を覆い尽くした。


「ゴホゴホ……今回は量を少なめにしましたが、数倍に増やせば教室全体を覆い尽くすほどの煙が発生します。ですから、実験の手順は必ず守るように」


教室の後方に座っていた坂井は立ち込める煙を見つめながら、昨夜の115番街での命からがらな脱出劇を思い出していた。


(これがあれば……今度逃げる時はあんなに無様にならずに済むかもしれない)


実験が終わり、教授が彼を呼び止めた。「坂井くん!」


坂井は慌てて駆け寄った。「教授、どうかしましたか?」


教授は穏やかに微笑んだ。「この化学原料をオフィスまで運んでおいてもらえるかい? いつも手伝ってもらって助かるよ、次の授業へ急がなきゃならなくてね」


「お任せください、やっておきます!」


教授が去り、広い実験室には坂井一人だけが残された。


彼は机の上に残された化学原料を見つめた。手を伸ばしかけ、ピタリと止まる。


(ダメだ……ダメだ……こんなもの、盗めるわけないだろ)

(でも……ほんの少し持ち出すだけなら、バレないんじゃ……?)


坂井は机の周りを往復しながら、激しい葛藤に苛まれた。額には細かな汗が浮かび、心臓が激しく鐘を打つ。


やがて、彼は重い溜息を一つ吐き出した。


坂井は意を決して用意していたジップロックを取り出し、震える手で原料の一部を詰め込むと、すぐさまリュックの底深くへと押し込み、逃げるように教室を去った。


アジトに到着すると、ドアを開けた瞬間に目に入ったのは、机に突っ伏して息も絶え絶えになっている橋本の姿だった。


「どうしたの?」坂井が困惑気味に尋ねる。


「あ……来たの……」橋本は力なく手を振った。


坂井は思わず口を出した。「そういえば、君って大学の授業とか行かないの?」


「週一で行けば十分なのよ」橋本は口を尖らせた。


「それで、今日は何のために呼び出したの?」


橋本は身体を起こし、痛む眉間を指で揉んだ。「昨日、ROT社のサーバーの脆弱性を探してみたんだけど、あの会社のセキュリティシステム、異常なほど頑丈なのよ」


「君でもダメだったの?」坂井が緊張した面持ちで尋ねる。「じゃあ、どうするんだよ?」


「外部システムを少し突破できただけよ、これ以上踏み込むとファイアウォールの警報が鳴るわ。……でもね、システムじゃなくて、物理的な脆弱性を見つけたの」橋本が画面を操作すると、一枚のマップが表示された。


マップ上には、ROT社本社の近くにある配電箱がマーキングされていた。


「この配電箱の電源を切れば、数秒間のシステムリセットが発生して、内部データベースへ直接アクセスできるようになるわ」


坂井は眉をひそめて分析した。「あんな大企業なら絶対に予備電源があるはずだろ。配電箱を切るだけじゃ意味がないんじゃないか?」


橋本の口元が自信ありげな笑みに歪んだ。「そこが、唯一の穴なのよ! この配電箱は、今月ちょうど一度だけ定期点検が入るの。その切り替えの瞬間、予備電源が『1分間』だけ予備電源が約1分間使えなくなるの。」


「でも、見つからずにどうやってその配電箱を切るんだよ?」


橋本は手をひらひらと振った。「心配いらないわ。匿名で何人かチンピラを雇って、近くの防犯カメラの向きを全部ズラさせておいたから。元々人通りの少ない場所だし、誰も気づかないわよ」


そう言うと、橋本は机の下から黒い布製の目出し帽を取り出し、坂井へと放り投げた。


「作戦開始よ。そのマスクをかぶって、顔を見られないようにしなさい。本格的な戦術装備は後で考えるわ。周辺のマップはもうメガネに転送しておいたから、さっさと行きなさい!」

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