第2話 自分も守れず、妹すら守れない
放課後、家に帰ると、中学校制服姿の妹・桜が玄関の前で待っていた。 幼い頃に両親を亡くして以来、俺と桜は二人きりで助け合い、助け合いながら生きてきた
「お兄ちゃん! お兄ちゃん、見て見て!」桜は嬉しそうに駆け寄ってきた。
「どうしたんだ、桜?」
「今日ね、学校の帰りに、お兄ちゃんのお友達からお菓子をもらったの!」
「……友達?」坂井の心臓がどくりと跳ねた。大学にそんな親しい友達など一人もいないはずだ。
「その人たち……何か言ってたか?」
「『いつもお兄さんにお世話になってるから』って、お菓子をくれたの!」
坂井の無邪気な笑顔とは裏腹に、坂井の全身に冷や汗が吹き出した。昨日の軽率な行動が、まさか妹にまで及ぶなんて
「坂井……いいか、今度あの人たちを見かけたら、何も言わずにすぐ逃げるんだぞ。」 「うん……?」
その夜、坂井の頭の中は不安と恐怖で狂いそうだった。 警察に相談すべきか? だが昨日の七海瞳の言葉が脳裏をよぎる。――「警察も手が出せない」。 悩み抜いた末、坂井は腹を決めた。明日、自分からあいつらに頭を下げて許してもらうしかない。
翌朝。不安と焦燥のあまり、昨夜は一刻も眠れなかった。坂井は重い足取りで大学へ向かい、校舎の裏で昨日の巨漢を見つけ出した。
「これはこれは…大ヒーロー様じゃないですかぁ?」 巨漢は胸くその悪い笑みを浮かべ、坂井をあざ笑う。 「プレゼントは気に入っていただけたかな?」
坂井は強く拳を握りしめ、深々と頭を下げた。 「昨日は……でしゃばった真似をして本当にすみませんでした。どうか……俺と妹には関わらないでください。」
巨漢は冷酷な目で見下ろしながら、あごをしゃくった。 「謝罪ねぇ……そんなんで済むと思ってんのか? 膝をつけよ。――土下座だ。」
「土……土下座……?」
周囲の子分たちが一斉に煽り立てる。 「おい! さっさとやれよ! ボスがそう言ってんだろ!」 「もたもたしてんじゃねえ!」
その騒がしさに惹かれ、通りかかった学生たちが遠巻きに集まり始めた。まるで見世物でも見るような視線を見るような冷ややかな視線が、坂井に突き刺さる。 私が……私が土下座をすれば、もう俺たちの生活を脅かさないでいてくれるのか……?
巨漢は何も言わず、ただ指先で地面をトントンと指し示した。早くやれ、という催促だ。
坂井は屈辱に震えながら、ゆっくりと膝を折り、冷たい地面に両手と額をこすりつけた。 周りから、くすくすと殺気立った嘲笑が漏れ聞こえる。
だが次の瞬間
――バキッ!!と強烈な前蹴りが坂井の顔面を捉えた。
「許すわけねえだろガアァァッ!!」 巨漢は般若のような形相で叫んだ。 「言ったはずだぞ! 俺に逆らったらどうなるか、その身に叩き込んでやるってなぁ!」
合図とともに、子分たちが倒れ込んだ坂井へ容赦なく蹴りを浴びせ始める。 巨漢は集まった野次馬たちを睨みつけ、大声で威嚇した。 「俺に逆らう奴は、全員こうなると思え!」
そして血まみれの坂井の髪を引っ張り上げ、耳元で低く囁いた。 「これはただの始まりだ。簡単に逃げられると思うなよ……そういえば、可愛い妹がいるそうだな?」
坂井の意識が遠のき、周囲の雑音が遠ざかっていく。 しかし、「妹」という言葉を聞いた瞬間、うつろだった坂井の瞳に、強烈な決意の炎が宿った。
全身傷だらけになった坂井は、ほうほうの体で物陰に這い進んだ。 震える手でスマホを取り出し、再びAIアプリを開いて縋るように問いかける。
だが、画面に表示されるのは味気ない定型文だけだった。
『あなた自身の安全を守るため、警察への通報を推奨します』
坂井の心が、完全に音を立てて折れた。 自分も守れず、妹すら守れない。今の自分は、嵐が迫っているのを望遠鏡で眺めているだけの壊れた小舟だ。船を漕ぐためのオールすら持っていない。
悔しさと無力感で、坂井の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「──AIのことなら、私が力になってあげようか?」
突然、頭上から澄んだ声が降ってきた。坂井が急いで涙を拭い、顔を上げると、そこにはポニーテールを結んだ一人の少女が立っていた。彼女は倒れている坂井に向かって、静かに手を差し伸べている。
「君の質問、システムのプロトコルと倫理規制に引っかかって弾かれてたでしょ? 私なら、そのプロトコルをバイパスさせてあげられる。」
少女は周りの視線を警戒するようにあたりを見回すと、低めの声で言った。
「ここは人目が多すぎるわ……来なさい。私の『秘密基地』へ。」




