第9話 危険なピクニックニャ!
「それに、姉と言うよりは、母親だよなあ……。」
ぽつりとつぶやいたご主人さまは、なぜか次の瞬間、自分の言葉に自分で驚いたかのように、耳まで赤くなった。
窓の外で、猫の姿で日向ぼっこをしていた、猫又のあちしには聞こえたけど、何をそんなに赤くなるのかがわからないのニャ。
ご主人さまは照れを隠すように咳払いをして、子供たちに言った。
「それで、ピクニックに行こうと思うんだ、みんなで。もちろんミシェルも一緒にね。どうかな?」
その提案に、ランディスとリリアナが大喜びで飛び跳ねた。
「やったー!」
あちしも、心の中で小さく「やったニャ」と呟いていた。
ピクニックって知ってるニャ!
美味しい食べ物をきれいな景色でみんなで食べるんだニャ!
人間たちがやっているのを見て、ずーっとうらやましいと思っていたのニャ。
「そういうわけだから、ピクニックにちょうどいい場所を探しておいてくれるかな?」
ご主人さまは近くにいた補佐の男性に声をかけた。
かしこまりましたとお辞儀をして部屋を出て行った男性は、近くを歩いていたメイドの女性を呼び止めて、グランディック伯爵領でピクニックにちょうどいい場所を調べておいてくれ、と頼んだ。
それを耳にしたのがヴィルヘルムだった。今日も今日とて、何をしに来たのか、グランディック伯爵家にやって来ていた。
「ピクニックに最適な場所ですって?グランディック領で一番景色が綺麗な場所を知っていますよ。崖の近くの花畑です。ぜひ、行ってみてください。詳しい地図を書きましょう。」
そう言って、さらさらと手帳に書いたメモをビリリとやぶって、メイドの女性に笑顔で手渡した。ヴィルヘルムの意図など知らぬメイドの女性は、それをご主人さまに頼まれた男性に手渡したのだった。
ムムム。これは嫌な予感がビリビリ髭にくるニャ!
翌朝、快晴だったので、お弁当を入れたカバンを持って、あちしを入れた四人で馬車に乗って出発した。
ランディスが窓から外を見てはしゃぎ、リリアナは馬車での長時間移動に疲れたのか、あちしの膝の上で眠そうに目をこすっている。
あちしは馬車の外を眺めながら、ふと違和感を覚えた。
──静かすぎるのだ。
本来森には常に鳥なんかの鳴き声がする。草や落ちた枝を踏む動物の足音がする。猫又の耳にはそれが少し離れていたとしても聞こえるのニャ。
なのに、なんの音もしない。人間でも少し山に入ることがある人なら、この違和感に気付く筈だ。
崖の近くに差し掛かったときだった。
「あの馬車がこの下を通りがかったら、この大岩を落とすんだ。少しでも馬車に当たれば、崖下に真っ逆さまだ。うまくやるんだぞ。」
なんの音もしない静かな森だったせいで、余計にその声があちしの耳に響いた。ヴィルヘルムの声だった。崖の上から聞こえる。見上げると、崖からほんの少し大岩の先端が覗いていて、どうやらあれを落っことすつもりらしかった。
ヴィルヘルムが、ならずものたちに大岩を任せて、その場を立ち去っていくのが見える。被害にあった時、近くにいたことにしたくないのだろう。
あちしは即座に決断した。
「ごめんニャ……みんな、ちょっと眠ってて。」
そっと手を掲げ、淡い青白い光を放つ眠りの魔法を唱える。御者と、馬と、ご主人さま、ランディスとリリアナの五人に同時に軽くかける。たちまち三人の息が静かになり、馬も御者も眠ってしまって、その場に足を止めている。
あちしは馬車の扉を勢いよく蹴り開け、外に飛び出した。次の瞬間——銀色の長毛が風を切り裂き、九本の尻尾が一斉に広がる。
猫又の本体が姿を現した。耳がピンと立ち、瞳が鋭く光る。ふわふわの毛並みが陽光を反射して輝き、九本の尻尾がまるで生き物のようにうねりながら広がっていく。
崖の上から、大きな影が落ちてくる。直径は余裕で二メートルはある大岩だ。ゴロゴロと転がりながら落ちてくるその質量感が、当たったらただではすまないという威圧感を放っていた。
「あっち行けニャァァァッ!!」
大岩が落ちてくる直前、あちしは地面を強く蹴り、崖に向かって跳躍した。九本の尻尾が風を巻き起こし、銀色の毛並みが光を帯びる。
あちしは全力で岩を蹴り飛ばした。右前脚に濃密な魔力が渦を巻き、青白い光のオーラがかたまりのように凝縮していく。
直撃の瞬間——バキィィィンッ!!!あちしの蹴りが大岩の側面にめり込んだ。魔法を全力で込めた一撃が、岩の表面を粉砕しながら貫通する。
岩の表面に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、青白い魔力の光が一瞬で岩全体を包み込んだ。大岩は勢いよく上方へ吹き飛ばされ、弧を描いて崖の上へと戻っていった。
ドゴォォンッ……ドシンッ!!
大きな音とともに、大岩は上に大きく弾き飛ばされ、崖の上の男たちめがけて飛んで行った。
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