第5話 猫をかぶるのは猫の専売特許ニャ
次の日の午後。 ヴィルヘルムが花束を抱えてやってきた。
「ミシェルさん、こんにちは。今日はぜひお話がしたくて……。」
花束を差し出される。あちしは一瞬、顔をしかめた。花の臭いが強すぎて、猫の鼻にはキツイのニャ……。
でもここは人間のフリをしなきゃいけないニャ。猫を被るのは猫の専売特許ニャ!あちしは無理やり笑顔を作った。
「ヴィルヘルムさん……とっても素敵なお花ですニャ……です。」
人間の姿のあちしは、人間から見てかなり魅力的な美少女らしいのニャ。出るところが出て、くびれるところがくびれている、とか、よくわからないことをいつも言われたものニャ。
猫又なんだから、しなやかな体つきは当然のことニャ。猫又の中でも、あちしはかなり美人でスタイルがいいことで通っていた。
それがそのまま人間になっても、美人でスタイルのいい女の子になれるというわけだ。もちろん本来の姿よりも美人になることも可能だけれど、あちしはそんな必要はないのニャ。
なんなら人間の姿で遊びに行っていたら、猫又の時は冒険者に狙われたけど、普通の人間の人さらいによく狙われた。この顔を見ても普通に接してきたのは、ご主人さまくらいのものニャ。
案の定ヴィルヘルムは、鼻の下を伸ばしてニヤニヤしだした。メスを口説くつもりなら、その顔は見せないほうが賢明ニャ……。
「そうかそうか!ミシェルさんは素直でいいね。俺のこと、どう思う?」
「とっても素敵だと思いますよ?」
ヴィルヘルムはその言葉で調子に乗ってしまった。
「俺は君のような純粋な女性が好きなんだよ。これからも、もっと素敵なプレゼントを持って来るから、楽しみにしていて欲しいな。どんなものが欲しいかい?ドレス?それとも宝石かな?」
あちしは内心でため息をついた。あの時交尾してた女はどうしたニャ。お前のつがいじゃないのかニャ。でもあちしに興味を向けているのはいいことだ。
ヴィルヘルムにはあの交尾女がいるから、あちしに対して本気なわけではない筈。おそらくすぐにご主人さまたちを殺すより、他の方法を選ぼうということニャ。
「じゃあ……子どもたちと一緒に遊べるものがいいですニャ……です。ボールとか、可愛いお人形とか……。」
「ふふん、子供の好みを気にするとは、子煩悩なところもいいね。」
ヴィルヘルムは勝手に解釈して、ほくそ笑んでいる。あちしは心の中で「ふん、ばかめ、ニャ。」と小さく呟いた。
その日の夕方。ご主人さまが仕事で少し離れることになった。リリアナを乳母さんに預けて出かけてしばらくした後で、家中を探し回ってご主人さまがいないことに気が付くと、リリアナが突然大泣きを始めた。
「うわあああん!おとうさまー!」
乳母さんが必死にあやしているけど、リリアナはますます泣く。
「これは……ご主人さまでないと駄目だわ。迎えに行ってもよいか、家令に相談しないと……。」
乳母さんはそう独り言のようにつぶやくと、慌てて部屋の外に出て行った。
いくらリリアナがご主人さまでないと泣き止まないからって、小さなリリアナを部屋に一人で残すなんて。困った大人ニャ。
その間に、あちしはこっそりとリリアナを抱き上げて、小声で言った。
「内緒に出来るなら、とってもいいものを見せてあげるニャよ?リリアナ。」
「いいもの?うん、リリアナ、内緒に出来るわ!」
あちしがそっと魔法を使うと、リリアナのお気に入りのお人形がふわっと浮き上がった。お人形が丁寧にお辞儀をして、くるくると踊り始める。リリアナ目を輝かせてお人形を見つめている。
「わぁ……!お人形が……おどってる!」
「リリアナと一緒に踊りたいって言ってるニャよ?」
手を差し出すお人形が空中に浮かび、その手の下でリリアナは嬉しそうにくるくるとターンを決めた。
リリアナは大喜びで、あちしにも一緒に踊ろう!と言ってきた。乳母さんとご主人さまが戻って来る気配がするまで、3人で楽しく踊った。
2人が部屋に入ってきたとき、リリアナはもうあちしの膝の上で、にこにこしながらお人形と遊んでいた。
ご主人さまが少し驚いた顔で近づいてくる。
「……リリアナが、こんなに素直に懐くなんて……。」
あちしは照れくさそうに笑った。
「えへへ……リリアナが寂しがってたから、ちょっと遊んであげただけニャ……です。」
ご主人さまはリリアナの頭を優しく撫でて、それからあちしのほうを見て、初めて本気で笑った。
「ありがとう、ミシェル。君がいると、本当に助かるよ。」
その笑顔は、子どもの頃にケガをしたあちしを看病してくれたときと同じ、優しい笑顔だったニャ。あちしは胸の奥が、じんわりと温かくなった。
ご主人さまの笑顔……やっぱり、いいニャ。あちしがもっとたくさん、笑わせてあげたい。
ランディスも庭から戻ってきて、「ミシェルお姉ちゃん、リリアナばっかりずるい!僕も遊んで!」と飛びついてきた。
あちしは二人を抱きしめながら、心の中で小さく呟いた。——これからも、みんなを守るニャ。ご主人さまの家で、今日も一日が、優しく終わっていくのニャ。
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