第35話 ルナの巣を探すニャ!
その日の午後。異変が続き、子どもたちの様子も落ち着かない中、ハルトとあちしは書斎で静かに方針を話し合っていた。
ヴィルヘルムがルナとつながっている可能性がある話を、ハルトにする。ルナを探したけれど、何度やっても見つけられず、あちらから姿を現さなければ、話をすることも出来なかった話も。
「直接ルナを探すのは難しいようだ。なら、あいつの手足になっている可能性が高いヴィルヘルムを追おう。」
ハルトの提案に、あちしは頷いた。
「……尾行するニャ。猫の姿なら、馬車についていける。」
ハルトも可能な範囲で、信頼できる使用人たちにヴィルヘルムの動向を探らせることにした。
ヴィルヘルムがいつものように大騒ぎしては、グランディック伯爵家を辞していくのを確認すると、あちしはすぐに猫の姿に変わった。
銀色の毛並みを風景に溶かすように、ヴィルヘルムの馬車の影に潜り込む。
最初のうちは順調だった。
街道を走る馬車の後ろを、木々の間や屋根の上を使いながら慎重に追う。
しかし、森に差しかかったあたりで、急に空気が変わった。
『……なんニャ?』
ヴィルヘルムの馬車が、急に拡散した。一つだったはずの馬車が、いくつにも分裂する。どれを追っていいかわからない。しかも次の瞬間、霧が道を覆った。視界が白く濁り、方向感覚が曖昧になる。
あちしが耳を澄ますと、複数の馬車の走行音が周囲から聞こえてきた。幻影だ。ルナの魔法で、偽の馬車がいくつも作り出されている。
『……まかれた、ニャ。』
どれが本物なのか、気配も音も全く区別がつかない。
霧の中を必死に追ったが、結局すべてが消えてなくなり、ヴィルヘルムの行き先を特定することはできなかった。
あちしは森の端で小さく息を吐き、屋敷に戻った。
「……失敗したニャ。魔法で完全にまかれた。」
ハルトに報告すると、彼は厳しい顔で頷いた。
「やはり、簡単にはいかないか……。」
二人とも沈んだ空気のまま、しばらく沈黙していた。
そこへ、ハルトが信頼している使用人が入ってきた。表情がいつになく真剣だった。
「ご主人さま、少々ご報告がございます。」
ハルトが顔を上げる。あちしも人間の姿に戻って傍らにいたので、自然とその話を聞くことになった。
「どうした?」
「実は……オーデンハルム公爵家で働いている友人から、連絡がありまして。ヴィルヘルムさまが、そちらの屋敷でグランディック伯爵家の家紋入りの懐中時計を落としていかれたそうなのです。友人が一時的に預かっている、とのことでした。」
ハルトが小さく眉を寄せた。
「懐中時計を……?」
「はい。入り婿であられたヴィルヘルムさまが、当家の家紋入りの品を持っておられること自体は、特に不思議ではございません。ですが……。」
使用人が少し言葉を選ぶように続けた。
「オーデンハルム公爵家と、当グランディック伯爵家は、これまで特に交流がございません。商売の取引も、姻戚関係もほとんどないはずです。それなのに、なぜヴィルヘルムさまがあのような場所にいらっしゃったのか……。」
ハルトは静かに考え込んだ。
「確かに、不思議だな……というか、かなり不自然だ。ヴィルヘルムの家はもともと男爵家。公爵家と交流がある筈もない。ましてや入り婿として伯爵家に差し出されるような三男坊が、当主とかかわりを持てる筈もない。ヴィルヘルムと同年代の、学園に通っていた子息なども、いなかった筈だ。」
使用人がさらに付け加える。
「友人が出入りの商人にも確認したところ、ヴィルヘルムさまは最近、オーデンハルム公爵家を『よく訪れておられる』と申しておりました。頻繁に通っているご様子だと。」
書斎に、短い沈黙が落ちる。使用人はあちしたちの真剣な様子に気づき、深く頭を下げた。
「懐中時計の件は、友人が『ご返却したい』と申しております。どのようにいたしましょうか。」
ハルトは少し考えてから言った。
「とりあえず、受け取っておいてくれ。ただし、ヴィルヘルム本人にはまだこの話はしないでくれ。こちらから連絡するまでは、内密に頼む。」
懐中時計はその友人である使用人を通じて、ハルトの手に渡るように、ハルトは使用人に指示をした。
「かしこまりました。」
使用人が退出したあと、書斎には二人だけが残された。
あちしは心の中で、ゆっくりとつながるものを感じていた。
『……尾行ではまかれた。でも、ヴィルヘルムが頻繁に通っている場所がある……それがオーデンハルム公爵家。』
「オーデンハルム公爵家はどこにあるのですか?」
ハルトに尋ねると、使用人に言って、地図を持ってこさせる。
「大体この辺りだな。」
ハルトが指差した場所は、あちしがヴィルヘルムを追いかけていた時に、馬車が向かっていた方向だった。
これまでルナの気配を追っても、森では煙のように消されてしまった。直接追っても魔法で妨害される。
でも、もしヴィルヘルムが定期的に通っている場所があるのなら——。
使用人が部屋を出た後で、ハルトが静かに口を開いた。
「……ミミ。どう思う?」
あちしは短く息を吸い、答えた。
「……怪しいニャ。交流のない公爵家に、何度も通っている。しかも最近になって、特に頻繁に。あちしがまかれた場所も、オーデンハルム公爵家に向かう方向だったニャ。」
ハルトが頷く。
「ああ。父や妹の件、それに子どもたちを狙う黒い猫又の件を考えれば、無関係とは思えない。」
ハルトが窓の外を見ながら、低く呟く。
「オーデンハルム公爵家……か。」
あちしもその名を心の中で繰り返した。
『……そこが、ルナの根城なのかも知れないニャ。』
これまでの霧が、少しだけ晴れ始めた気がした。ヴィルヘルムを直接追ってもまかれる。
でも、彼が定期的に通っている場所があるのなら、そこを調べればいい。
ハルトがこちらを見て、静かに言った。
「ミミ。もし本当にそこが関係しているなら……かなり厄介な相手になる。
相手は公爵家だ。」
「……それでも、調べなきゃいけないニャ。子どもたちを守るために。」
ハルトが短く息を吐き、頷いた。
「ああ。一緒に、慎重に進めよう。」
オーデンハルム公爵家。
ヴィルヘルムが頻繁に通う、交流のないはずの屋敷。
そこが、ルナの巣なのかどうか——確かめる必要があった。
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