第30話 黒い猫又と対決ニャ!
その夜も、あちしは屋敷を抜け出した。子どもたちはすやすやと眠り、ハルトは書斎で書類に向かっている。「一人で調べる」と決めた以上、もう迷う理由はなかった。
猫の姿に変わって森に入る。精霊たちが教えてくれた古い遺跡のあたり。前回、黒い毛と赤い光の残滓を見つけた場所だ。
あちしは静かに魔力を広げ、気配を探った。
『……いる。近くにいるニャ。』
精霊たちも葉の間から小さく囁いてくる。
「黒い猫又の気配が、また近くにあるよ……。」
だけど、姿が見えない。
「あいつは一度捕まったんだよ。」
「封印されていたんだよ。」
「でも逃げたんだよ。」
「そして捕まらないんだよ。」
精霊たちが、その赤いまがまがしい魔力の残滓の相手について教えてくれる。
あちしはまず遺跡の中心から探し始めた。苔むした石柱の一本一本の影を丁寧に確認し、地面の割れ目に鼻を近づけ、古い石の隙間に前足を突っ込んでみる。
赤い魔力のまがまがしい光の残滓は確かに残っているのに、本体の気配はすぐに薄れて消えてしまう。
『……今、ここにいたはずニャ。なのに、もういない。』
次に、遺跡の周囲を大きく円を描くように歩き始めた。低い茂みを分け、倒木の下を覗き、高い木の幹をよじ登って上から見下ろす。
風の流れを読み、土の匂いを嗅ぎ、魔力の痕跡を何度も追う。一時間近く経っても、何も見つからない。
『……おかしいニャ。気配はあるのに、姿がない。まるで煙みたいに消える。』
さらに森の奥へ足を伸ばした。川のほとりまで行き、水音に足音が紛れていないかと耳を澄ます。
古い獣道を辿り、岩陰を一つ残らず確認する。小さな洞窟のような隙間にも潜り込んでみたが、そこにはただ冷たい空気があるだけだった。
二時間。
三時間。
足が重くなり、息が少し荒くなる。猫の姿だから、力を使い切れずに、見つけることが出来ないのか。
そう思い、猫又の姿になってみるも、既に九本の尻尾が、疲れたようにゆっくりと揺れる。
『……なんで見つからないニャ。こんなに強い気配なのに、簡単に姿を消す。だから今まで、誰にも捕まったりせずに生き延びてきたのかも知れない……。一度閉じ込められても、逃げ出せたっていう理由がわかった気がするニャ。』
結局、どこにもいなかった。あちしは遺跡の中心に戻って、石の上に座り込んだ。耳がくたりと垂れ、小さく息を吐く。
『きっとここで何かをするつもりなのに……もう、今日は諦めようニャ。いくら探しても見つからない。また明日の夜、来ればいいかも……。』
そう思って、立ち上がろうとした瞬間だった。空気が、ふわりと変わった。
「──ようやく会えたわね。銀色の、九本の尻尾を持つ子。」
後ろから、低く滑らかな声がした。あちしはぎょっと体を強張らせ、一気に振り返った。
黒い毛並みが月光を吸い込み、赤い瞳が静かに光っている。優雅に、まるで最初からそこにいたかのように、一匹の猫又が立っていた。
「……!いつの間に……!ずっと探していたのに……!」
「探していたでしょう?でも、簡単には見つからないわよ。私はそういう生き方をしてきたから。」
黒い猫又はゆっくりと微笑み、一歩近づいてくる。敵意というより、興味を持った猫が相手を観察するような目つきだった。
「あなた、グランディック家の心臓のことが気になって、夜な夜な調べているのでしょう?感心だわ。無駄なことをして。」
あちしは本能的に九本の尻尾を広げ、警戒の姿勢をとった。
「……お前が、黒い毛の猫又かニャ。」
「ルナよ。あなたは……なんていうのかしら?ミシェル、でしたっけ?ずっと気になっていたの。この土地に、こんなに強い九尾がいるなんて。」
ルナはグランディック伯爵家を観察しているのだ、ということに気付く。
「教えてあげる。あなたの恋人の父親と妹の心臓は、すでに私がいただいた。」
「──恋人?誰のことニャ!?」
「あら、恋人じゃないの?あなたが一緒に暮らしている、グランディック伯爵家の、次代の党首よ。」
「ハルトはあちしのご主人さまニャ!」
「あらそう、まあ、どっちでもいいわ。」
ルナは嫣然と目を細めた。
「聖女の血を引く家系の心臓は、本当に上質だったわ。あと三人……あなたの恋人と、その子どもたちさえ手に入れば、私は完全体になれる。」
あちしの体が、びくりと震えた。
「……ハルトたちを、殺すつもりニャ?」
「そのつもりはないけど、人間は心臓を抜かれたら死んでしまうから、結果的にはそうかしらね。でも、いい話があるの。」
ルナがミミに一気に距離を詰める。
赤い瞳が、あちしの九本の尻尾をじっと見つめた。
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