第24話 ご主人の過去の記憶ニャ!
それからというもの、ハルトはこっそりとミミの世話を続けた。ミルクを飲ませ、傷の手当てをし、夜はそっと話しかけた。
「今日はお父さまに怒られちゃったよ……でも、お前がここにいるから、なんだか少しだけ元気が出るんだ。」
傷が癒えていくにつれて、ミミは少しずつ元気を取り戻していった。しかし、ある日、元気になったミミが大きな声で鳴いたのをメイドに聞かれてしまい、動物嫌いの父親に叱られ、ミミを屋敷の外にほうりだされてしまった。
ミミの姿が屋敷から消え、ハルトは泣いた。ハルトは何日も森を探し回ったが、見つけることはできなかった。それ以来、ずっと胸の奥に小さな寂しさが残っていた。
だが、しばらくしてミミは戻って来た。父親が生きている間は、屋敷の見える距離にまで近付いて、決してそれ以上近付いてこようとはしなかったけれど、いつもハルトを見守っているようだった。
たまに父親が外出している時、納屋の近くにいる時に、従者たちもエサをあげているようだった。ハルトも時折エサをやっては頭を撫でた。
見慣れない毛の色に、自分の言葉をわかっているかのように反応する態度に、普通の猫とは明らかに違うとは思ってはいた。
その猫が猫又で、しかも、人間の姿をして、ずっと自分のそばにいてくれていたなんて。
子どもの頃の記憶を鮮明に思い出す。九本の尻尾を持つ、銀色の猫。
怪我をして、エサもとれずに弱っていたから、こっそり連れ帰って、ミミと名付けて飼っていた、あの猫。
父親が嫌がり、妻にアレルギーがあったから、家で堂々と飼うことは出来なかったけれけれど、いつも屋敷の近くで見かけては、エサを与えていた。
「ミミ……。」
ハルトが、震える声で呟いた。
ハルトは椅子からゆっくりと立ち上がり、ミミの姿をまじまじと見つめる。目が大きく見開かれ、息が乱れているのがはっきりとわかった。
「まさか……。」
ハルトの声が、明らかに動揺で掠れている。
「まさか……君が、あの時の猫だったのか……?僕が森で傷ついて倒れていたところを見つけて、こっそり部屋に連れ帰って、ミルクを飲ませて……名前を付けてやった、あの猫が……ミミが……。」
ハルトは自分の額に手を当て、目を閉じてから再び開いた。驚きで声が震え、言葉が一時的に途切れる。
「まさか……それが、君だったとは……それは本当に、気づいていなかった……。」
ハルトはミミの九本の尻尾を、再びじっと見つめた。
その瞳には、子供の頃の記憶と、現在のミミの姿が重なって、強い衝撃が走っているのがはっきりと伝わってきた。
ハルトは小さく息を吐き、困惑と驚きが入り混じった表情で、ゆっくりとミミを見つめた。
ヴィルヘルムが持って来た妙なワインは、後で調べさせたら毒入りだと発覚した。どうやら父親が亡くなったタイミングで、自分たちを亡き者にして、グランディック伯爵家の家督を狙っているようだと感じていた。
そのワインを駄目にしたのも、ミミだ。
そしてその後、ミシェルが、ワインがおかしいことを指摘した。
猫の嗅覚か何かで、ワインに毒が入っていることに気付き、わざと駄目にしたうえで、人間の姿でそれを指摘したのだということに気付く。
母親が亡くなり、ずっと泣いていた自分を励ましに、毎日目の前に現れた、ミシェル。
あれが、ミミの変化した姿だったとは。
「……君はずっと、僕のそばにいてくれたんだな。ずっと、見守ってくれていて、ずっと守ってくれていたんだね。僕を……僕たちを。」
人間に変化出来る猫は、猫じゃない。猫又だ。
九本もしっぽがあった時点で、おかしいと思うべきだったが、当時のハルトは猫又を知らなかった。
そして、手当てをし、ミルクを与えて、家でこっそり飼うことにした時、九本あったしっぽは、一本になっていた。おそらくただの猫として偽装する為に、魔法か何かで隠したのだろう。
「きっと、本当のことを言ったら、怖がられると思ったんだろうな……猫又なんて、魔物だから。猫又の自分は、僕たちに受け入れてはもらえないだろと思って……。」
ミミの顔を見ながら、ハルトはそうつぶやく。
本当は、ずっとそばにいたかったと泣いたミミ。
ずっと遠くからハルトを見ていたと言ったミミ。
本当にずっと、ミミは自分のそばにいた。手を伸ばせば、すぐ届く距離で。
それでも、ハルトがミミを家に入れなかったから、家の外で、じっと、エサをくれる時だけ、頭を撫でるハルトに体を摺り寄せながら。
「ごめんよ……君のことを、気にかけてやる余裕がなくて。君はこんなにも、僕のことだけを、思ってくれていたのに……。」
ハルトの胸が暖かく切ない気持ちで満たされていく。
「本当に……びっくりしたよ。」
ハルトが小さく、でもはっきりとそう呟いた。
「でも……嬉しい。君が、ずっと僕のそばにいてくれたことが。」
「そうニャ!ご主人さまを助けたくて、人間の姿で来たのニャ!」
困惑したようなハルト。
「だが、ミシェル……ミミ、ご主人さまはやめて欲しいな、今まで通り、ハルトと呼んで欲しい。」
「そうニャ?わかったのニャ。」
「ミシェルお姉ちゃん、猫語が出てる」
とランディスに笑われたのだった。
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