第16話 本当の家族にはなれないのニャ……
貴族の子供たちが厨房に入るのは珍しいことらしく、周りの使用人たちも少し遠巻きに見ていた。
「じゃあ、まずは小麦粉を計量からですね。」
料理長の指示で、あちしもリリアナもエプロンを着けさせられた。リリアナは小さいのに、ぴったりの大きさのエプロンがあって驚いていると、奥さまが生前、お嬢さまの為に用意されたものなんです、と料理長が教えてくれた。
リリアナが、思いもかけないお母さんからのプレゼントに、嬉しそうに小さなエプロンを着て、あちしの横に立つ。
あちしもリリアナも、初めて触る調理器具に戸惑った。計量スプーンに入れた小麦粉をすりきる時に、小麦粉を少しこぼしてしまう。
「わっ……ご、ごめんニャさい。」
「大丈夫ですよ、最初は誰でも失敗しますから。」
料理長が優しく笑う。
卵を割るのも力加減が難しく、リリアナが一個目を割った瞬間に黄身が飛び散りそうになったが、あちしは素早く魔法を発動させて、片方の手で受け止めた。
「わあ、すごい!ミシェルお姉ちゃん、器用だね!」
リリアナが目を丸くする。生地を混ぜる工程では、ランディスがボウルをささえてくれて、リリアナが小さな手で一生懸命かき混ぜる。
あちしは二人の間に入って、時々手伝いながら生地の固さを確かめた。
「これでいいですか……?」
あちしは料理長に確かめる。
「うん!いい感じですね!あとは型抜きで形を作って焼き上げましょう!焼くのはわたくしめにおまかせください、美味しく焼いてみせますよ。」
料理長が胸にドン、と拳を当てて、保証してくれた。
オーブンに入れる直前、あちしはこっそり小さな魔法を唱えた。
「上手に焼けますように、美味しくなりますように、食べたみんなが明るく元気になりますように、ニャ……。」
オーブンに入れてしばらくたつと、オーブンの中からふんわりとした甘い香りが漂い始めた。焼けたクッキーを取り出すとき、二人は大はしゃぎだった。
「できたー!じょうずに焼けてる!」
「熱いから触らないでね、リリィ。」
ランディスが、さっそく触れようとするリリアナを慌てて止める。
料理長が焼けたクッキーをお皿に乗せてくれた。ランディスがクッキーに鼻を近づけて臭いを嗅いだ。
「いい匂い……。お母さまが生きてたら、きっと喜んでくれたと思うよ。」
その言葉に、リリアナが小さく頷いた。
「うん……。ミシェルお姉ちゃんが手伝ってくれて、お母さまもきっと喜んでくれてると思う。」
冷ましたクッキーを早速試食する。ぱくっ。
「美味しい!」
「上手にできたね、リリィ!」
「二人ともよかったね。」
喜ぶ二人に、あちしも嬉しくなる。
「これ……お母さまにもあげたいな。お墓にそなえちゃダメ?」
リリアナがランディスに尋ねる。
「そうだね。持って行ってあげよう。それで、ミシェルお姉ちゃんのことを、お母さまに紹介しよう。」
ランディスの言葉で、料理長が籠に入れてくれたクッキーを持って、二人のお母さんのお墓に行くことになった。
お母さんのお墓はグランディック伯爵家近くの領地の、小高い丘の上にあった。景色がよくて、グランディック伯爵領が一望できる場所らしい。
ご主人さまの妹さんと、お母さんのお墓は、そこに並んで立っていた。
リリアナがクッキーを両手で大事そうに持って、お母さんのお墓にクッキーをそなえた。ランディスが、ご主人さまの妹さんのお墓にも、クッキーをそなえた。
「お母さまと一緒に作る約束をしてた、クッキーを作って持って来たの。ミシェルお姉ちゃんが、一緒に作ってくれたんだよ。」
そう言って、リリアナがあちしの方を向く。
「今はミシェルお姉ちゃんが、お母さまみたいなんだ!」
無邪気なその一言が、あちしの胸に深く突き刺さった。
嬉しさが一気に込み上げてくる。こんなに嬉しいのに、胸の奥で冷たい声が囁いた。
本当の姿を知られたら、終わりだニャ……。
耳も9本の尻尾も見られたら、みんな怖がるニャ。
ご主人さまも、子供たちも……あちしを追い出してしまうニャ……。
あちしはただの猫又ニャ。本当のお母さんじゃないニャ……。
あちしは笑顔を保ったまま、そっと目を伏せた。
「お母さまたちとも、一緒に食べたいから、ここでもクッキーを食べよう!」
リリアナがクッキーを差し出してくる。
あちしはそれを手に取り、一口かじった。さっきと違って、甘くて、ほろ苦かった。
「……美味しいニャ……。」
声が少し掠れた。
ランディスがクッキーをかじりながら、「次はチョコレートを入れたクッキーも作ろうよ」と明るく言う。
あちしは必死に心の中で何度も自分に言い聞かせた。
今は笑顔、笑顔、ニャ。
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