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死亡扱いの最強冒険者、13歳の姪として再登録しました ――“故人”のままバレずに現役復帰します――  作者: HIME-HIRO


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第3話 面影と影(前編)

 クルドの街――


 十カ月ぶりに門をくぐった瞬間、マキの足が止まった。


「…………」


 視界に広がるのは、見慣れた街並み。

 石畳の並びも、露店の位置も、門番の立ち方も――何一つ変わっていない。


 ――それなのに。


「……こんなに、狭かったか?」


 ぽつりと漏れる。


 昔はもっと大きく感じていた。

 ――いや、違う。


 自分が小さかったのだ。

 背丈ではない。年齢でもない。


 ――“ケイト・クラーク”として…クラン〈翼〉副代表としてここにいた。


 その事実が、背負っていた重みが景色の見え方を変えていた。


「……」


 軽く息を吐く。


「ま、今は今だ」


 肩を回し、歩き出す。

 少女の足取りは軽い。


 ――だが、その奥に抱えているものは、軽くない。


 ついつい夢中になって、予定を四カ月超過して山に籠もってしまった。

 これから待ち受けるクランの連中との邂逅と説明を考えると気が重くなり、無意識に現実逃避していたのかもしれない。


(……まあ、修行に気が向いちゃったんだから……しょうがないよなぁ……)



 冒険者ギルド――


 扉を開けると、いつもの喧騒が押し寄せる。

 笑い声。怒号。金属の音。

 むさ苦しい男どもの体臭


 そのすべてが、懐かしい――いや、男どもの体臭はご遠慮したいが……


「……全然、変わってねぇな」


 小さく呟く。

 だが次の瞬間、視線が集まる。


 ――知らない顔を見る目。


 値踏み。警戒。興味。


 ――しかし、新顔とはいえ子供である…と見て取るとすぐに逸れる。


「……そうだよな」


 苦笑する。


 ここでの自分は、もう“ケイト”ではない。

 ただの新米だ――


 カウンターへ向かう。


「……あの〜、買い取りをお願いしたいんだけど――」


 冒険者のタグをカウンターに置き、少しだけ子供っぽい口調を意識して声をかける。


 受付の女――ライアン目当てでいつもだる絡みしてくる、いけ好かない嫁き遅れ令嬢だ――が、ちらりとこちらを見た。


 そして、露骨に眉をひそめる。


「……さっさと出したら?」


「ここでいいの?」


 取り繕った笑みのまま、淡々と返す。


「どうせ薬草採取でしょ。背嚢に入る程度なら、ここに出しなさい」


「そこまで言うなら……」


 ケイトは背中に背負っていたリュック型の背嚢を下ろし、身体の前へ抱え込むように持ち直した。

 ちょうど腰のあたり――ウエストバッグを隠すような位置だ。

 傍から見れば、ただ背嚢を前に回しただけにしか見えない。


 見た目は、どこにでもある安物の背嚢。

 子供用にしては少し大きい――それでも、大量の荷が入るようには到底見えなかった。


 その口を開き、中へ腕を差し入れる。


 ――もちろん、実際に手を入れているのは背嚢ではない。


 背嚢の陰に隠したウエストバッグへ、指先だけを滑らせる。


そして――


 どん!!


 机の上に、解体済みの魔物素材をひとまとめに置く。


 さらに――どん。どん。

 まだ出る。


「……は?」


 受付の顔が固まった。

 どう見ても、あの小袋に収まる量ではない。


「マジックバッグ……?」


 誰かが呟く。――


 その瞬間、空気が変わった。 


 ざわり――


 周囲の冒険者たちが一斉にこちらを振り向く。


 低容量の収納袋なら珍しくもない。

 だが、このサイズでこの量――しかもまだ余裕がありそうとなれば、話は別だ。


 そして彼らの視線は、次に机の上の素材へと移る。


「……おい、あれ……」

「森の浅層で取れる代物じゃねえぞ……」


 魔力を帯びた牙。

 硬質化した甲殻。

 高位種の核片。


 見覚えのある者ほど、顔色を変える品ばかりだった。



「あんた……これを、どこで――」


「――森の奥だよ」


 ニッコリ笑って短く答える。


「一人で?」


「他に誰かいるように見えます?」


 わざとらしく小首を傾げ、きょろりと周囲を見回してみせる。

 もちろん、自分の隣に立つ者などいない。


 軽く返したその仕草に、受付の表情が露骨に歪んだ。


(相変わらずだな、こいつは……)


ケイトは内心でため息をつく。


「不正――」


 受付が言いかけた、そのとき――



「……その剣――」


 背後から、低い声が落ちた。


 その瞬間、マキ――いや、ケイトの背筋がほんのわずかに強張る。


 振り返る。


 ――振り返らなくても、誰だか分かっていた。


 ライアン・ローデン。


 立っているだけで伝わる。

 鍛え抜かれた身体。隙のない立ち姿。


(……ちゃんと代表、やれてるみたいだな)


 少し見ない間に、纏う空気が変わっていた。


 ケイトはその成長をひそかに認めながら――ふと、ライアンの視線が自分の顔に向いていないことに気づく。


 追うように目を落とす。


 視線の先にあったのは、腰に佩いた大剣――その柄だった。


 見間違えるはずがない。


 クラン〈翼〉創設の頃から、ずっとケイトの背にあったものだ。


「……それ、どこで手に入れた?」


 低い声――

 抑えてはいる。


 だが、その奥に滲むものをマキは感じ取った。


 “半年くらいで戻る”――その言葉を信じたまま、四カ月余計に待たされた者の声だった。


「……」


 逃げ場はない。


 マキは一瞬だけ目を伏せた。

 ほんの一瞬だけ、呼吸を整える。


(ここで間違えるな)


 そして顔を上げると、少しだけ首を傾げ――年相応の少女らしい声音を意識して、口を開いた。


「叔母の形見……です」


「……叔母?」


「ええ」


 頷く――目は伏せない。ライアンの灰色の瞳を捉えたままだ……


「ケイト・クラークって言うんですけど――」


 その名前が、空気を止めた。

 ギルド内のざわめきが、ぴたりと消える。


 ライアンの瞳が、わずかに揺れる。


「……知ってるの?」


 あえて、軽く聞く。

 試すように――


「……ああ」


 返ってきた声は、低く、押し殺したものだった。


「知ってる――」


 一歩、近づく。

 全身から溢れる圧が強い。


 だが、マキは動かない。

 また、一歩――


「………形見……?」


 確かめるような響き――掠れて…魂の奥底から振り絞るような声……


「――故郷で亡くなりました」


 言う――


 はっきりと。


「そのときに受け継ぎました」


 沈黙――――


 ライアンの拳が、わずかに握られる。

 強く。さらに強く。


 灰色の瞳が伏せられる。

 何かを押し殺すみたいに、一度だけ浅く息を吐いた。


「……そう、か――」


 それだけ。

 それだけしか、出てこない。

 

 胸の奥が、鈍く軋む――


 だが、代表である以上――ケイトに託された想いを受け継いだ者として、ここで崩れるわけにはいかなかった。


「…………」


 マキは視線を逸らさず、ライアンを見つめる。


(……悪いね)


 胸の奥で、呟く。


(でも、これは必要だ)


 もう“ケイト”としては戻らない。

 ――そう決めたのだから。


「マキ・クラーク」


 自分から名乗る。

 逃げないために――


「ケイト叔母さんの姪だよ」


「……マキ」


 ライアンが、その名前をゆっくり繰り返す。

 まるで何かを確かめるように。


 灰色の瞳が、じっとこちらを見た。


「……あなたは?」


「ライアン・ローデン。ケイトとは――長いこと……一緒にやってた」


(――ずっと……その背中を追いかけてきた)


 ほんのわずかに、言葉を選ぶ間があった。


「……似てるな」


 ぽつりと漏れる。


「……は?」


「いや……なんでもない」


 首を振る。


 だが、ライアンは視線を外さなかった。


 灰色の瞳が、マキの腰の大剣へ向けられる。


「……その剣……改造したのか?」


「ん?」


 マキは軽く柄を叩いた。


「いや、剣に手はつけてないよ」


 そして、ギルドの受付へ顔を向ける。


「受付嬢! ちょっと剣抜くよ!  

 ――害意はない、見せるだけ!」


「――え?」

 

 ぽかんとした声が返る。

 その返事を待つことなく――


 ギンッ!!


 鋭い金属音とともに、大剣が抜き放たれた。


「っ!?」


 周囲の冒険者たちが息を呑む。


 抜いた――


 そう理解した時には、すでに切っ先が床すれすれで静止していた。


 あまりにも速い。


 長大な大剣とは思えない剣捌きだった。


「鞘にちょっと仕掛けがあってさ――

 剣の方はこの通り……元のまんまだよ」 


 マキは、にぱっと笑う。

 

 ギルド内がざわついた。


「今の見えたか?」

「いや、全然……」

「なんて抜剣速度だ……」

「あの剣捌き……新人じゃねえぞ……」


 抜剣したあと横に薙ぎ払い、そのままの勢いで剣を振りかぶり、一気に振り下ろす――


 ……ただそれだけのことだが、果たして、どれだけの冒険者がその剣筋を見極めることができたのか。


 ざわめきの質が、明らかに変わっていた。


 先ほどまで「子供が高価な素材を持ち込んだ」と色めき立っていた視線が、今は静かに逸れていく。


 ――少なくとも、金目当てに軽く声をかけようなどと考えていた連中には、十分すぎる牽制になったようだった。


 ざわめきの中、ライアンだけは黙って剣を見つめていた。


 どこか懐かしむように――


 やがて、視線を受付へ向ける。


「ナタリー」


「は、はいっ!」


 受付嬢が慌てて背筋を伸ばす。


「その素材、きちんと納品受付しろ――」


 低い声が響く。


「……間違いなく、マキが倒した魔獣だ」


「……っ」


 ナタリーが唇を噛む。

 疑いをかけようとしていたことを見抜かれていた。


「……わかりました」


 悔しさを滲ませながら、書類へ手を伸ばす。


 ライアンは再びマキへ視線を戻くと、


「……その剣、大事にしろよ」


 静かに言う。


「……言われなくても」


 マキは肩をすくめながら答えた。


 ――ほんの一瞬だけ、視線がぶつかる。

 何かを探るような目と、何も表さ

ない目。


 ――そして、離れる。


「……ケイト………」


 ライアンは小さく呟く。

 聞こえない程度の声で。


 その背中を、マキは見ない。

 見たら――

 たぶん、何かが揺れる。




 ケイトの家――


 鍵を開ける。

 扉が、きしむ。


「……」


 中に入る。

 空気が、止まっている。 

 あの日のまま。

 整えたままの部屋。


「……ほんとに、そのままだな」


 小さく笑う。

 だが、すぐにその笑みは消える。


 棚の上――

 魔導写真。


 自然と足が向く。

 手に取る。


 そこにいるのは――


 ケイト。

 そして、ライアン。

 まだ幼い顔で、無理に背伸びしている。

 他の仲間たちも……みんな笑っている。


「……」


 しばらく、見つめる。


「……永くて…あっという間だったな――みんな輝いてる……」


 ぽつりと呟く――

 だがそれは、自分に向けた言葉でもある。


 指で、写真の中のライアンをなぞる。


「……今じゃ立派な代表さまだもんな」


 小さく、笑う――


 誇らしさと。

 少しだけの距離感。


「……変な感じだな」


 元は自分の場所なのに、

 今は“借りている”ような感覚。


「……ま、いいか」


 写真を戻す。

 今度は、少しだけ丁寧に。


「……さて、もう一回始めるか――


 これから…ここは“マキ・クラーク”の拠点だ」


 そう言い聞かせるように呟く。

 

 だがその声は――

 ほんの少しだけ肩の力が抜けていた

明日12時10分に更新いたします。

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