第2話 やり直しの条件(後編)
本日2話目です。
こちらからお読みの方は、
「第二話 前篇」からお読みください、
イプザの町――
北の森の縁に築かれた、魔物と隣り合わせに生きる小さな開拓町。
ケイトの生まれ故郷――
その一角にある、妹クレアが継いだ代々薬師を営む家の前で、ケイト――いや、今は少女の姿のそれは、しばらく立ち尽くしていた
「……どう説明するかな」
そう呟いてから、諦めたように扉を叩く。
中から軽快な足音が聞こえ、続いて扉が開く。
「はい、はい、ちょっと待ってね――」
顔を出したクレアが、怪訝な顔で問いかける。
「……どちらさま?」
――当然だ。
ケイトは軽く息を吸う。
「――ケイトだ」
「……は?」
まあ、その反応も、当然だろう。
――――数十分後。
「……とりあえず…ちょっと待って」
クレアは頭を抱えて俯き、片手を前に突き出した。――待て、それ以上はやめろ、の姿勢である。
「つまり何――?
あなたは……若返った姉さんだ――と…?」
「ああ――」
「――んで、もうその姿で元に戻らない……?」
「らしいな――」
「…………………………はぁ?」
クレアはぽかんと口を開けたまま固まった。
理解が追いついていないのか――
それとも、理解したくなくて脳が拒否しているのか。
どちらにせよ、現実を受け入れるにはまだ少し時間が必要そうだった。
ケイトは小さく肩をすくめる。
「納得いかないなら……証拠を出そうか?」
そう言って、二人しか知らない幼い頃の出来事をひとつ、またひとつと挙げていく。
誰にも話していないはずの、クレアのなんとも恥ずかしい黒歴史――
こっそり書いていた陶酔しまくった恋文を母親に読まれて絶叫したことだとか、薔薇な小説にハマって薬草辞典に紛れて隠していたのを師匠の爺様に見つかって枕元で朗読されたとか………
さらに、言葉の端々に混じる口癖や、考え込むときに無意識に鼻を指でつまむ仕草まで――つまみすぎて鼻血を出したことがあることも付け加えて……
「……………」
クレアの顔色が、みるみる赤くなり、青くなり、そしてまた赤くなる。
もはや否定のしようがなかった。
「……本物、なのね」
「そういうこった――」
――――――長い沈黙。
「……なんというか…………なんでそうなるのよ……!?」
「こっちが聞きたい――」
――即答だった。
ひとしきり混乱したあと、ケイトは改めてもう一度事情を説明した。
シャロンの薬のこと。
元の姿には戻れないこと。
そして――これから先、自分がどうするつもりなのかを。
妹は何度か口を挟みかけてはやめ、途中から完全に聞き手に回っていた。
やがて、ひととおり話を聞き終えると、深く息を吐く。
「つまり――」
頭の中を整理するように、言葉を選ぶ。
「姉さん……? は、今後この姿で生きていくつもりで――」
「ああ」
「元の姉さんは……」
「死んだことにする――」
きっぱりと言う。
「……」
クレアはしばらく黙っていたが――
やがて大きくため息をついた。
「二〜三回殺したところで死にゃしないだろうに………」
小さく呟くクレアにジト目をやってケイトは文句をたれる。
「――なんか言ったか?」
白々しく首を振りながら「い〜え…」と言ったクレアは呆れ混じりの声で――
「……もう、めちゃくちゃね」
呆れたように呟いて、クレアは額に手を当てた。
「今さらだろ」
ケイトが肩をすくめると、クレアはしばらくその顔を見つめ――やがて、ふっと力を抜いた。
「……それもそうね」
口元に、ようやく小さな笑みが浮かぶ。
観念したような、けれどどこか懐かしい笑い方だった。
「わかった。手伝うわ」
「助かる」
短く礼を返す。
その一言だけで、胸の奥にあったわずかな緊張が、静かにほどけていった。
――イプザの冒険者ギルド。
北の森を目前に控えるこの町では、魔物討伐も採集依頼も日常の一部だ。
その中心にある冒険者ギルドは、石と木で組まれた頑丈な二階建てで、朝から晩まで依頼人と冒険者たちの声が絶えない。
森へ向かう者も、森から戻る者も、まずここに立ち寄る。
イプザという町にとって、ここは単なる仕事場ではなく――人と情報が集まる“心臓”のような場所だった。
「……死亡、でよろしいのですね」
担当の若い職員が確認する。
「ええ…」
神妙な顔つきで妹が頷く――
提出された冒険者の身分証明のタグ――長年使い続けた、ケイト・クラークの証。
それが、ここで終わる――
クレアの後ろに立つケイトは、その金属片へほんの一瞬だけ目を落とした。
傷だらけの表面。
無数の依頼をくぐり抜け、戦いのたびに刻まれてきた、小さな歴史。
そこにあったのは、間違いなく“自分が生きてきた証”だった。
けれど――
未練を引きずるように見つめることはしない。
ケイトは静かに視線を外した。
「……それから、この娘の新規登録もお願いします。遠縁の娘なの――」
クレアはそう言って、ケイトの肩に軽く手を添え、半歩前へ押し出した。
その横顔は妙に堂々としている。
(……いや、待て)
ケイトは横目で妹を見る――
(その“遠縁”設定、身元保証人がいると登録料が半額になるからだろ……)
さすがやり手の薬師――無駄金節約には容赦がない。
少しだけ呆れながらも、そこに異論はなかった。
「――お名前は?」
問われて、少しだけ考える。
――新しい名前。
一時の偽名じゃない――
これから生きるための名前だ。
……ふと、熱い感覚がよぎる。
体の奥を流れる魔力。
外へと解き放てる“魔法”
かつて届かなかったもの。
今は、当たり前のように手の中にあるもの。
「……マキ・クラーク」
口に出した瞬間はまだ馴染まなかった。
だが、名を言い切る頃には、その声に迷いはなく、不思議としっくりきていた。
「マキさん、ですね。少々お待ちください」
いくつかの聞き取りをしながら書き込んだ書類を持って、登録に必要な道具を用意する職員。
「……マキ?」
「……ああ」
小声で問いかけるクレアに小さく頷く。
「魔法――マギ……からもらった」
ぽつりと付け加える。
クレアが横で目を丸くする。
「なによ…それ…?」
「……フッ、分かりやすいだろ」
小さく笑って軽く肩をすくめる。
「今のあたしを一番表してる」
その言葉に、クレアは小さく息を吐いてから、
「……まあ、姉さんらしいわね」
と、苦笑した。
「――登録完了です」
新しいタグが手渡される。
軽い――
やけに軽い。
「……マキ、か」
小さく呟く……
言葉にした途端、その名が新しい自分として胸に落ちた。
クレアの家族と顔をあわせると、なんだかややこしくなりそうなので、早々に別れてイプザを出る。
ろくに話もしてないのに……とブツブツこぼすクレアには、いずれ埋め合わせをしてやらねばなるまい。
そして、再び街道へ――
クルドへ向かう途中――
人気のない森の奥に入り込み、足を止める。
「――さて…!」
軽く肩を回し、その場で何度か跳躍する。
「……まずは、使い慣れた身体強化魔法から――」
一歩踏み込む――
身体強化魔法を巡らせ、森を駆ける。
跳び、斬り、木々を蹴る。
子どもの身体になってからは移動を優先していたため、本格的に身体を動かすのはこれが初めてだった。
だが――驚くほど軽い。
思考に、身体がそのまま追いついて――いや、追い越してさえくる。
動きが十分に熟れてから、さらに魔力を重ねる。
道すがら…休憩や野営の際に、シャロンからせしめた魔導書を読んで過去に詰め込んだ記憶を呼び戻してきた。
元々知識だけなら、そのへんの魔導士など目ではないものがある。
――ただ、身体の内から外部に向けて解き放つことができない“肉体強化型=内部循環型”の体質であっただけなのだ。
火を放ち、
風を裂き、
水を弾き、
土を砕く。
どれも単体なら、ただの初級魔法――
だが、それを息継ぎもなく連続して叩き込めば、話は別だ。
轟音が森に響き、木々が大きく揺れる。
地面は抉れ、土煙が舞い上がり、周囲は見る間に無残な有様へと変わっていく。
――もはや環境破壊の域である。
初級魔法とは何だったのか、という惨状だった。
「……おいおい」
思わずニヤ笑い。
「凄すぎだろ、これ………」
誰にともなくこぼす――
「一応、基礎魔法からさらい直して……魔力操作も、もう一回きっちり叩き込んどかねぇと、さすがにまずいかもな――」
だが、そういいつつも………
止まらない。
止める必要もない。
身体も…心も軽い。
存分に魔力が通る――
「……でも……悪くないな」
いや――
かなりいい。
「……マキ、か――」
新しい名前を口にする。
「――いいな、これ……」
自然と笑みがこぼれる。
かつての自分よりも、明らかに強い。
そして、何より――自由だ。
「……よし!」
つま先で地面を軽く蹴る――そのつもりだった。
だが、次の瞬間、身体は予想以上の勢いで前へ弾けた。
風が頬を打ち、景色が一気に流れていく。
「クルド、は……まだ、当分先だな」
かつての居場所――――
今度は――別人として戻る。
「面白くなってきた」
少女は笑いながら、森の最奥に向けて駆け抜けた。
その先にあるのは、まだ知らない“もう一度の人生”。
そして――
過去の自分と向き合う場所だった。
本日はここまで…
明日また12時10分に更新いたします。




