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死亡扱いの最強冒険者、13歳の姪として再登録しました ――“故人”のままバレずに現役復帰します――  作者: HIME-HIRO


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第1話 潮時と祝杯(後編)

本日三話目です。

ここからご覧になっている方は、第一話 プロローグからご覧いただけると幸いです。

 クレーベル王国――


 表向きには王を頂点とした統治国家として成立している。貴族が秩序を支え、各都市には冒険者ギルドが置かれ、魔物災害に対しても即応できる体制が整えられている――そう記録上は語られている。


 だが実際には、その均衡は完全な統治ではない。


 王権は象徴として残り、貴族はそれぞれの利権と軍事力を抱え込み、現場ではギルドと騎士団が判断を引き受ける。国家というよりも、複数の力が辛うじて釣り合っている寄せ集めに近い。


 そのため、辺境へ行くほど統制は薄れ、代わりに「その場にいる者の判断」がそのまま国の意思となる。


 そしてその最前線の一つが、北方へと続く領域だった。


 その北の果てには、古くから語り継がれる伝承がある。


 五百年前――


 山脈の頂に、魔王が降臨したという話だ。


 その真偽はともかく――

 その山脈一帯、そしてそこから南へと広がる広大な森には、今もなお数多の魔物が棲みついている。



「……相変わらず、気配が濃いね」


 クレドを出て街道を五日ほど進むうちに、森は次第にその存在感を増していった。今ではその縁がはっきりと視認できるほどに迫っている。


 ケイトは森の稜線を見渡し、小さく息を吐いた。


 イプザの町は、その森に半ば呑み込まれるように存在している。

 木々のざわめきと魔物たちの気配のすぐ隣で、人の営みが途切れず続いている場所だ。


 そして――そのイプザから南へ、馬車でおよそ三週間。


 その先に、クレドの街がある。


 人の往来も多く、冒険者たちが集まる拠点の一つ。

 ……これまで、三十年以上もの間、自分が冒険者活動の拠点としていた街。


「……さて――」


 肩を軽く回し、気持ちを切り替える。

 余計な考えを断ち切るように、視線を前へ向けた。


「まずはイプザに顔出しだな」


 懐旧の情や未練を振り払うように、ケイトは歩き出した。



 街道をさらにニ日程進み、途中で森に入って細い獣道を進む。


 ――やがて、小さな石造りの家が見えてくる。


 屋根は苔に覆われ、煙突から立つ煙は妙に色を含んで揺れていた。

 庭には正体の知れない草が勝手気ままに生え、風もないのに葉がわずかにざわめく。


「……変わらねえな」


 苦笑を浮かべながら扉の前に立つと、


「いらっしゃい、ケイト」


 ノックをするよりも先に、扉が内側から静かに開いた。まるでこちらの訪問を最初から知っていたかのような、滑らかすぎる動きだった。


 扉の奥に立っていたのは、紅のローブをまとった少女――魔女シャロン。


 真紅の髪を高く結い上げたポニーテールが肩の上で揺れ、同じ色を宿した真紅の瞳が、まっすぐこちらを捉えている。

 その視線は柔らかさと無機質さの境目にあり、親しげにも見えれば、すべてを見透かしているようにも感じられた


 年齢だけを切り取れば少女と呼んで差し支えない姿。だが、その存在に対して「幼い」と判断すること自体がどこか的外れに思えてしまう不思議さがある。


 いつからこの場所に棲みついているのか――


 その見た目が本物なのか、それとも意図的に保たれた仮初めなのか。

 そして、どこまでが“人”としての輪郭なのか。


 それを確かめようとした者は少なくないが、確かな答えを得た者はいない。


 七年前、最後に会ったときと寸分違わぬ姿のまま、シャロンはそこに立っていた。


 まるでこの家だけが時間の流れから切り離されているかのように。


「まあ、入ってよ」と軽く手を振られ、ケイトは促されるまま家の奥――古びた応接間へと通される。


 年季の入った木のテーブルも、窓辺に吊るされた乾燥薬草も、棚を埋める怪しげな瓶や魔導書も、七年前に見たときのままだった。


思わず苦笑が漏れる。


「……相変わらずだな、お前ん家は」


「褒め言葉として受け取っとくよ」


 シャロンが肩をすくめて笑った。


「久しぶりだね」


 ケイトがそう声をかけると、シャロンはわずかに目を細めた。


「ああ」


 短い返事が返る。

 それ以上の言葉はいらなかった。


 七年という時間を挟んでいても、目の前の相手に対して必要な距離感は変わらない。


 一瞬だけ沈黙が落ちるが、不思議と気まずさはない。


 その空白を埋めるように、シャロンが首を傾げた。


「で……?」


 紅のポニーテールが小さく揺れる。


「引退前の挨拶、ってやつ?」


「……」


 ケイトは眉をひそめ、すぐには言葉を返さなかった。


一拍置いて、ようやく口を開く。


「言ってないよな、それ――」


「顔に書いてある」


 間髪入れずに返ってくる。


 あまりに迷いのない断言に、ケイトは一瞬だけ言葉を失い、それから肩を落とすように息を吐いた。


「……はっ」


 乾いた笑いがこぼれる。


「何もかもお見通しか……やっぱりお前には隠せねぇか」


「隠す気あったの?」


「……少しはなぁ」


 苦笑混じりに肩をすくめる。


 軽口の応酬のはずなのに、どこか核心だけは外さないまま会話が進んでいく。


 ケイトは少し視線を逸らしながら、さらりと続けた。


「ちょっと故郷に顔出してくる途中さね」


 その言葉に、シャロンは興味があるのかないのか判然としないまま、短く相槌を打つ。


「ふーん」


 あまり興味もなさそうにしながら、シャロンは酒瓶を取り出す。


「ほんじゃあ……まずは一杯でしょ?」


 差し出された杯に、酒が注がれる。


 とろりとした液体が満ちると同時に、芳醇な香りがふわりと広がった。


「……まあ、そうだな……いい香りだ……」


 久しぶりだ。断る理由もない。


 ケイトは軽く受け取り、ためらいもなくそれを掲げて口へ運んだ。       

 液体は喉を通った瞬間、焼けるような刺激を残し、その奥から妙にまとわりつくような甘さが追いかけてくる。


「……強いな、これ」


 思わず本音が漏れると、シャロンは満足げに口元を歪めた。


「でしょ?」


 その笑みは、どこか試すようでもあり、結果を確かめているようでもあった。


 ケイトはグラスを置きかけたまま、ふとその表情に違和感を覚える。


 ただの酒の感想を聞いている顔ではない。何か別の意図が、その奥に潜んでいる気配があった。


(……まあ、いいか)


 深く考える前に、肩の力を抜いた。

 今さらこの魔女相手に警戒したところで始まらない。そう半ば諦めにも似た判断だった。


 ――その直後だった。


 視界が、わずかに揺れる。


 最初は酒のせいだと思った。だが違う。揺れは外側ではなく、内側から起きている感覚だった。立っている床の感触が曖昧になり、体の重心がどこにあるのか分からなくなる。


「……おい、シャロン……これ……」


 言いかけた言葉が途中で途切れる。喉の奥が妙に詰まり、声が思うように出ない。


 体の奥で、何かが弾けたような感覚が走った。


「お前、何を――」


 抗議の言葉を紡ごうとした瞬間、声そのものに違和感が混じる。低さが抜け、響きが軽くなっていく。

 視界がじわじわと下へ落ちていき、いつも見ている世界の高さが合わなくなっていく。


「……あれ?」


 理解が追いつかない。


 そして次の瞬間、完全に崩れ落ちるような叫びが室内に響いた。


「な、なんじゃこりゃあ〜!?」


 その悲鳴と同時に、ケイトはふらつく足取りのまま部屋の奥へと吸い寄せられるように進み、壁際の鏡の前へとたどり着くのだった。

また、明日からも次々とアップします。

よろしくお願いします。

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