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死亡扱いの最強冒険者、13歳の姪として再登録しました ――“故人”のままバレずに現役復帰します――  作者: HIME-HIRO


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第1話 潮時と祝杯(前編)

本日二話目をお届けいたします。


この話からご覧いただいているお方は、第一話 プロローグからご覧いただければ幸いです。


クルドの街――冒険者ギルド併設の訓練場。




 剣と剣がぶつかる乾いた音が絶え間なく響き、クランのメンバーをはじめ、腕試しをする冒険者たちがそれぞれの区画で汗を流している。




 掛け声と足音が入り混じり、石畳の床には練習時についた傷跡が幾重にも刻まれていた。


 熱気と砂埃が混じる中、誰もが己の課題に集中している。




「――で、話ってのは何ですか」




 木剣を肩に担いだまま、ライアン・ローデンが振り返る。




 短く刈った黒髪。


 鍛え上げられた長身。


 額にはうっすらと汗が浮かび、その灰色の瞳は鋭く周囲を見渡している。




 立っているだけで、周囲の空気が自然と締まる。


 その顔はもう、“少年”ではなかった。




 けれど――




 ケイトから見れば、いつまでもはなたれ小僧のガキのままだ。


 ――決して口にはしないけどな……




「大した話じゃないさ」




 壁に寄りかかりながら、ケイトは肩をすくめる。




 漆黒の長い髪を首の後ろで無造作に束ね、切れ長の緑の瞳で訓練場を静かに見渡していた。




 日に焼けた肌には、長年の戦いを刻んだ細かな古傷がいくつも残り、細身ながら引き締まった身体には一切の隙がない。


 


 ただ立っているだけで、歴戦の冒険者だと分かる――そんな独特の圧があった。




 そんな彼女は腕を組んだまま、軽く顎で示す。




「とりあえず…その稽古、終わらせな。どうせ長くなる」




「……最初からそう言ってくださいよ」




 苦笑しながらも、ライアンは相手に合図を送る。




 構え直した相手が踏み込み、ライアンもそれを迎え撃つ。


 乾いた剣戟が二、三度響いたかと思えば、もう勝負は決していた。




 なんだかんだ言っても、数手で勝負を決めるあたり、さすがはクラン〈翼〉の代表だ。




 その様子を眺めながら、ケイトは小さく息を吐いた。




 訓練場に響く打撃音や掛け声の中でも、ライアンの動きだけは妙に落ち着いて見えた。


 無駄な踏み込みが減り、攻防の切り替えも滑らかになっている。


 以前のような迷いの癖も、もうほとんど残っていない。




――いい育ち方をした。




 技も判断も、かつて自分が口を挟まなければならなかった頃とは違う。


 今ではもう、細かく指示を出す必要もほとんどない。




 それが、少し誇らしくて――同時に、胸の奥にわずかな空白を残す。




「それで……?」




 稽古を終えたライアンが、汗を拭いながらこちらへ歩み寄ってきた。


 戦い終わりの呼吸のまま、まだ完全には気が抜けていない様子だった。




「話ってのは……?」




 その問いに、ケイトは一拍だけ間を置き、あまりにも簡単に核心を落とした。




「クランを抜けるよ」




 ――空気が変わったのが分かった。




 訓練場では、まだ稽古の途中だった隊員たちが何人か動きを止めていた。




 剣を振る手が中途半端な位置で止まり、視線だけがこちらへと集まっている。


 それまで響いていた打撃音や掛け声が、断続的に途切れ、妙に間延びした静けさが広がっていた。




(あいや〜、一気に注目集めたな)




 視線を上げると、ライアンがこちらを見ていた。


 表情が固まり、言葉を探すように揺れている。




「……冗談、ですよね」




「こんなこと冗談で言うほど、悪趣味じゃねーよ?」




 呆然としていたライアンの視線が、次の瞬間には鋭く変わる。




 だが、ケイトはその圧を真正面から受けても、肩をすくめるだけだった。




「そろそろ潮時だよ」




 どこか乾いた声だった。




「お局がいつまでも居座るもんじゃない。今はまだ“煙たい”で済んでるが、そのうち“邪魔”になる」




「そんなこと、誰も――」




 最後まで言わせず、ケイトが言葉を重ねた。




「思ってるさ」




 迷いも間もない呆気ない即答だった。




「口に出さないだけでな」




 口先だけの姦しい奴なんてどこにでもいる――


 


 沈黙が落ちる――




 ライアンの喉が一度動き、言葉を探すように視線が揺れた。だが、うまく形にならない。




「昔なら気にもしなかったけどな。跳ね除けて、黙らせて、それで終わりだった」




 軽く笑うその声には、かつての覇気の名残がある。




「……でももう、そういう気力も体力もない」




 それは冗談ではなく、ただ事実を並べたような静かな声音だった。




「設立のときの連中も、もう……いないしな」




 ぽつりと落とした言葉に、ライアンは完全に言葉を失う。




 空気が重く沈む。誰も割って入れないまま、時間だけが流れていく。




「……だから、もう…終わりだ」




 ケイトはそう結論づけるように言った。




「お前ももう一人前だ。いや、とっくにだな……」




 短く視線を向ける。




「もっと、もっと、いいクランにしてくれよな――〈翼〉を………」




 言い終える前から、それが別れの言葉だと分かるほどには、ケイトの声は静かだった。重さも押しつけもなく、ただ事実だけを置いていくような響きだった。




「……嫌です」




 低く、しかしはっきりとした声だった。




「勝手に決めないでください」




「勝手でも何でもないさ。あたしの進退だ」




「なら、なおさらだ――」




 ライアンが一歩踏み込む。距離がわずかに詰まる。




「あなたがいなくなったら、〈翼〉は――」




「困りゃしないさ!」




 言葉を被せるように、ケイトは断言した。




「困りゃしない、お前がいるだろ。それで十分だ」




「……!」




 言い返す言葉が見つからない。


 言い返そうとしても、喉のところで言葉が止まる。




(期待されている……)




 ライアンの胸の奥に、それが当然のことのように沈んでいく。




 それが分かっていて、ケイトはわざと軽く笑った。




「心配すんな。消えて無くなるわけじゃない」




 手をひらひらと振る。




「……まあ、この機会に、ちょっと故郷に顔を出してくるつもりだけどな。イプザの町で妹が家を継いでるからさ」




「……どれくらいで戻るんですか」




 ――少し弱い声。




「さあな。半年くらいか…な」




「半年……」




「その頃には落ち着いて、あたしがいなくてもちゃんと回ってるさ」




 そう言って、背を向ける。




「じゃあな、ライアン」




「待ってください!」




 呼び止める声――




 ケイトは振り返らない。




「……ちゃんと、戻ってきますよね」




 一瞬だけ、足が止まる。


 だがすぐに――




「……気が向いたらな」




 軽く手を振って、そのまま歩き出した。






 振り返らない――




 振り返れば、おそらく――少しだけ面倒なことになる。そんな予感があった。




(……もう、十分だろ)




 胸の内で、そう静かに呟く。


 やるべきことはやった。残すべきものは、きちんと残してきたはずだ。




 だからもう、ここからは静かに退くべきだろう。




――そう思っていた。










 自宅に戻る。




 クルドの街はずれの一角。


 長年使い続けてきた、少し古びた家。


 扉を開けると、いつも通りの空気。




「……」




 静かだ――




 使い慣れた椅子。壁に残る細かな傷……


 剣を立てかける位置も、荷の置き場も、何一つ変わらない。




 変わっていないのに――




「……ま、いいか」




 ぽつりと呟く――




 棚から荷袋を引っ張り出し、必要なものを詰めていく。




 着替え。保存食。道具。 


 ――そして、愛用の大剣。




 柄に触れた瞬間、自然と力が入る。


 重みも、癖も、すべて身体が覚えている。




「……こいつが唯一のお供か……」




 軽く振ってみて、そのまま背に収める。




 ……ふと、手が止まる。




 棚の奥。埃をかぶりかけた一枚の板――魔導写真。




 二十年前のクラン〈翼〉設立当時のものだ。




 まだ六つの子供だったライアン。


 無駄に勢いだけあった連中。


 そして、今より少しだけ若い――二十歳そこそこだった自分。




「……」




 しばらく、それを眺める。




「……ずいぶん、いなくなったな」




 誰に聞かせるでもなく呟いて……手に取る。




――少しだけ迷って。




「……いや」




 そっと、元の場所に戻した。




 代わりに、軽く埃を払う。


 ほんの少しだけ、見やすい位置に立てかけ直す。




 それだけだ――




 それ以上は……しない。




「……戻るつもりだしな」




 言い訳みたいに小さく呟いて、荷を背負う。




 ――扉へ向かう。




 一瞬だけ、振り返る。


 整えたばかりの部屋と、魔導写真。




「……じゃあな、行ってくる」




 誰にともなくそう言って、扉を閉めた。

本日、あと一話お届けします。

……明日以降も毎日アップします。

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