第九話 俺の趣味だ、文句あるか
誤字報告ありがとうございます。
今後とも宜しくご愛読願います。
バーツと意思を通わせられるようになってから、一週間が過ぎた。
あれからマキは、毎日のようにバーツを連れて森へ通っていた。
目的は一つではない。
バーツがどこまで魔法を扱えるのかを確かめ、契約による連携を身体に覚え込ませる。
その合間には、自分自身の属性魔法も一つずつ習熟させていく。
やるべきことは山ほどあり、一週間はあっという間に過ぎていった。
風属性の習熟訓練は一段落ついた。
その後は水、土、火、光、闇、空――扱える属性を一つずつ確かめ、魔力の流し方や制御方法を身体へ叩き込んでいった。
水を薄い膜のように広げて霧へ変えたあと、一気に凍らせて、微小な氷の粒へと変化させる。
土を盛り上げ、あらゆる大きさの壁を任意の場所に瞬時に作る。
火は威力を求めず、熱量だけを細かく調整し、低い温度から超高温までを自由自在に操る。
ただ使えるだけでは意味がない。
思った通りに扱えてこそ、本当に使えると言えるのだ。
そして、習熟訓練だけをしていたわけでもない。その合間に常駐依頼を中心に討伐系の依頼も目立たぬ範囲で受けた。
森へ通うついでに片付けられる仕事を重ねた結果、気づけば収納袋は素材でいっぱいになっていた。
あんまり溜め込んでから出すと、窓口のおっさんがまた嫌そうな顔をする。
久しぶりにギルドへ顔を出すことにした。
「バーツ、街へ戻ろうか」
『オー』
肩の上でバーツが元気よく鳴く。
最初は森を飛び回って遊ぶだけだった。
それが今では、以前に採取した薬草を見つけるたびに、得意そうに教えてくれる。
本人は手伝っているつもりなのだろう。
その健気な姿に苦笑が漏れる。
「今日はギルドだ。ちゃんと大人しくしてろよ」
『オー!』
返事だけは立派だった。
◇
久しぶりに顔を出した冒険者ギルドは、朝からいつも通りの賑わいだった。
復興工事帰りの冒険者がシャベルを肩に担ぎ、泥の付いた長靴で歩き回って顰蹙を買っている。
森へ向かう一団は地図を囲み、ああでもないこうでもないと進路を詰めていた。
受付前では討伐を終えた冒険者が報酬の査定を待ち、酒場の方からは、朝だというのに酔っ払いどもの笑い声まで聞こえてきた。
マキはそんな喧騒を横目に換金窓口へ向かう。
「納品お願い――」
マキは片手を背嚢へ入れ、もう片方の指先でポーチの飾り石に軽く触れる。
背嚢の中にある手へ思い浮かべた素材が現れるので、そのまま自然な動作で取り出して机へ並べていく。
薬草の束が置かれ、その横へ魔石が転がる。さらに牙や皮、角が重ねられ、最後には討伐証明用に持ち帰った部位まで加わると、受付机の上はあっという間に素材で埋め尽くされた。
窓口のおっさんは積み上がった山とマキの顔を見比べ、小さくため息をついた。
そして、もう一度素材を見ると――
「……嬢ちゃん」
「なんだ?」
「オレ、いつも言ってるよな?」
「何週間分もため込んで持ち込むなって?」
「分かってんじゃないかよ!」
「だから、一週間分を持ってきた」
「そういう意味じゃねえ!!」
おっさんは額を押さえた。
査定担当が二人追加で呼ばれ、慌ただしく仕分けを始める。
その様子を見ながら、マキは受付前の長椅子へ腰掛けた。
「ここんとこ、根を詰めすぎたかな……しばらく仕事は休んでもいいかもね」
『ネル?』
バーツがフードから顔を出し、行き交う冒険者や商人を興味深そうに目で追いかける。 何度も来ている場所なのに、今日も落ち着きなく首を動かしていた。
『バショ……ナイ』
「休むのは家に帰ってからだよ」
『ワカタ…?』
「そこでなぜ疑問形なんだか…」
なんとはなしに考えながら、マキは小さく息をついた。
森へ通っては習熟訓練を重ね、その合間に依頼を片付け、帰ればバーツと新しい連携を試す。 そんな毎日を繰り返しているうちに、一週間があっという間に過ぎていた。
久しぶりに何も考えず、二〜三日はのんびりするのもありかな。
そんなことを思っていた、その時だった。
「お、マキ。ちょうどいいところにいた」
聞き覚えのある声に振り向く。
大股で歩いてくるのは、《蒼き雷鎚》代表のフレットだった。
鍛え上げられた体格に、日に焼けた顔。大工道具を担いでいても違和感がない男だが、今日はきちんと剣を腰に下げている。
その一歩後ろを、ライアンが少し疲れたような顔で歩いていた。
「ちょっといい話があるんだ」
フレットはいつもの調子で笑う。
その笑顔を見た瞬間、マキは内心でため息をついた。
(いい話、ね)
経験上、その言葉が本当にいい話だった試しがない。
しかも相手はフレットだ。
悪人ではないし、むしろ面倒見はいい。
だからこそ、面白そうなことを見つけると、自分だけで独占せず周囲を巻き込もうとする。
「どうせ、ろくでもない話だろ?」
「人聞きの悪いこと言うなよ!オレの誘いにのって、悪いことなんかなかったろ」
フレットは鼻息荒く、親指で自分を示した。
「それで今度さ、ちょっと森の奥へ野営訓練に行こうって話になってよ。お前も付き合わねえか?」
「……」
マキは何も言わず、フレットからライアンへ視線を移した。
ライアンは小さく肩をすくめる。
目が合うと、素知らぬ表情で視線を逸らした。
あの顔の時のライアンは、巻き込まれまいと逃げを打つときのやつだ。
事情はだいたい読めた。
となれば――
マキは頭の中で情報を並べ直す。
探索隊は予定より早く帰還した。
その直後からギルドでは連日のように会議が開かれ、街には建築資材を積んだ荷車が頻繁に出入りしている。
そして、声をかけてきたのは《蒼き雷鎚》の代表とライアンだ。
《蒼き雷鎚》は戦えないわけではないが、本領は拠点建設や復旧工事にあるクランだ。
(なるほど――)
マキは小さく頷いた。
(本格的な探査隊を出す気か)
(そのための中継拠点を森の奥に作るつもりなんだな)
そんな機密情報に触れそうなことを持ちかけている。
ライアンの様子からしてフレットの暴走だろうな。
「かなり奥まで進む気なんだね」
その一言で、フレットの笑顔が固まった。
「……え?」
「中継拠点を作るんだろ?」
「な、なんで分かった!?」
素っ頓狂な声がギルドに響く。
周囲の冒険者が一斉にこちらを向いた。
マキは小さくため息をつき、何気ない仕草で魔力を流す。
三人を囲む薄い防音障壁が音もなく展開された。
もちろん、誰も気付かない。
――漏れたら困る話を、なんでそんな大声でしゃべるかね。
マキは思わず額を押さえた。
「探索隊が戻ってからギルドは会議続きだ。《蒼き雷鎚》が動いてるなら建設関係だろ。
ライアンさんまで一緒にいるなら、それなりに危険な場所へ行く話と考えるのが自然だね」
フレットは口を開けたまま固まった。
代わりにライアンが口を開く。
「……ちなみに俺は、こいつがお前を誘った理由も知らない。相談もなしに、いきなり誘い始めた」
ライアンの冷たい視線を受けて、フレットが目に見えてたじろき始める。
「いや、そのだな……まず誘ってから説明しようかと」
「「順番がおかしい――」」
マキとライアンの言葉がきれいに重なった。
フレットは頭を掻きながらわざとらしい咳払いを一つ。本人はごまかして話題転換をしたつもりのようだ。
「まあ、それでだ――」
「お前、東門の復興工事の時に炊き出しも手伝ってただろ?」
「野郎どもの料理がひどすぎたからね」
「その飯がな……」
フレットは妙に真面目な顔になった。
「争奪戦になった」
「は?」
思わず声が漏れる。
横ではライアンまで呆気に取られたような顔をしていた。
「作業終わりの連中が鍋の前に並ぶんだよ。遅れて食いはぐれた奴は本気で悔しがるくらいにな」
「そんなん知らんわ」
マキは面倒くさそうに片手を振った。
「マジな話、メンバー達の要望が殺到してるんだよ。だから支援要員として来てほしい!」
勢いよく頭を下げるフレット。
マキは数秒考えたあと、静かに首を横へ振った。
「悪いけど、飯炊きで長期拘束される依頼は遠慮しとく」
「いや、それだけじゃなくてだな!」
フレットは慌てて身を乗り出した。
「お前さんの溢れる人望が、ぜひ必要なんだ――」
「今考えたろ……」
じっと見返され、フレットの額にじわりと汗が浮かぶ。
その絶妙な間を切るように、受付から声が響いた。
「マキさーん! 査定終わりました!」
やれやれ助かった――
そんな素振りは欠片も見せず、マキは立ち上がる。
「悪い。他を当たってよ」
肩の上ではバーツが、
「クルルー」
と、どこか楽しそうに鳴いた。
残されたフレットは、去っていく背中へ未練がましく手を伸ばしたまま頭を抱える。
ライアンはそんな友人を横目に、小さくため息をついた。
結局、当初の予定通り体を動かすことにした二人は、連れ立って訓練場へ向かった。
木剣がぶつかる乾いた音が響き、汗を流す冒険者たちが思い思いに鍛錬を続けている。
その一角で、ライアンは肩を回しながら剣を構えた。
「会議続きで体が鈍る」
「それは同感だな」
向かいに立つフレットも剣を抜く。
二人とも剣士だ。
こうして時間が合えば、軽く手合わせをすることも珍しくない。
木剣が乾いた音を響かせる。
フレットが踏み込み、ライアンが受け流す。 返す刃をフレットが横へ流し、そのまま間合いを取り直す。
力任せではない。 互いの癖を知り尽くした者同士だからこそ続く、無駄のない打ち合いだった。
「言い忘れてたが――」
木剣を合わせたまま、ライアンが呆れたように口を開く。
「相談もなしに勧誘するな」
一転して圧を強めるライアンに、フレットは体勢を崩さぬよう踏ん張る。
「いやあ、勢いってあるだろ?」
「ない」
即答だった。
フレットは苦笑しながら剣を受け流す。
「なんかよ、あいつといるとと懐かしくなるんだよな」
「懐かしい?」
「東門の復興ん時、一緒に飯食っただろ」
ライアンは小さく頷く。
瓦礫を運び、仮設の壁を組み、日が傾けば炊き出しの鍋を囲んだ。
気がつけば、一日が終わっている。 そんな毎日だった。
「あの飯さ――」
フレットは笑う。
「妙に落ち着く味だったんだよ」
剣を振り抜きながら続ける。
「おふくろの味っていうか……いや、違うな」
「?」
「ケイトねえさんが作ってくれた飯、そのままだった」
ライアンの剣が一瞬だけ止まる。
駆け出しの頃、魔物との戦闘で命を救われ、打ち上げの酒場で「気にするな」と笑い飛ばされた
それ以来、フレットはクランの違いも構わず、顔を合わせるたびに「ケイトねえさん」と慕っていた。
その呼び名も、その懐かしそうな声も、昔から何ひとつ変わらない。
ライアンは余計な感情を振り払うように木剣を打ち込み、フレットも何事もなかったように受け止める。
「……親戚だからだろ」
「ああ?」
「味付けの好みが似てても不思議じゃない」
当たり障りのない言葉を選ぶ。
フレットは深く考えることもなく頷いた。
「そういうもんかね」
「そういうもんだ」
それ以上、話は続かなかった。
ライアンは無言のまま木剣を振る。 打ち合う音だけが、訓練場の空気を静かに刻んでいた。
その直後――
「お、おい待て!」
フレットの声が上ずる。
ライアンの踏み込みが、さっきまでとは明らかに違っていた。
「ちょっ、力入ってる! 入ってるって!」
「そうか?」
「そうだ!」
重い一撃を受け止めた腕が痺れ、フレットは慌てて距離を取る。
「今日はこの辺にしよう! うん、そうしよう!」
誰が見ても分かる降参だった。
ライアンは剣を納めながら、小さく息を吐く。
(……お前だけずるいぞ)
マキが現場で炊き出しを手伝っていることは当然知っていた。
だが、会議や調整に追われ、炊き出しの時間に顔を出す余裕はほとんどない。
ようやく現場へ着いた頃には、鍋は決まって空だった。
だから、一度も食べられていない。
(俺も、一度くらい食ってみたかった)
その本音だけは、誰にも聞こえないまま胸の内へしまい込んだ。
◇
ギルドの大通りから一本外れる。
さらに細い路地を二度、三度と曲がると、人通りは急に少なくなった。
古びた石畳の先に、一軒の小さな店がある。
外から見れば、ごく普通のボロな雑貨屋だ。
少し傾いた木製の看板には、堂々とした文字で店名が書かれている。
――『俺の趣味だ 文句あるか』
初めて見た者なら二度見する。
もっとも、中へ入れば三度見することになる。
「ごめんよ」
扉を押して店に入る。
「へい、らっしゃい!」
威勢のいい返事が飛んできた。
カウンターの向こうにいるのは、小柄な男。
前髪が長く、目元はほとんど隠れている。
来るたびに思う。
「いつも思うんだが、その挨拶、魚屋か飯屋の方が似合ってないか?」
「ほっといてください」
いつものように軽く返す店主――ジミニー。
その声だけ聞けば、どこにでもいる頼りない青年だ。 あのインパクトのある店名を付けた張本人とは、とても思えない。
店の中は今日も変わらない。
棚には生活用品が並び、壁には武具が掛けられ、床には木箱や樽まで積まれている。
雑貨屋なのか武器屋なのか、それとも倉庫なのか。
相変わらず、何を売りたい店なのかよく分からない。
もっとも店名を見れば、その疑問に答える気など最初からないことだけは分かった。
「今日は何を探してるんです?」
「激アツの紅茶」
「そういうのは、茶店で頼んでくださいよ」
「ここの紅茶のファンなんだ」
ジミニーは肩をすくめると、店の奥へ歩き出した。
「一杯だけですよ」
案内された先には、小さなバーカウンターが据えられている。
雑貨屋には全く必要のない設備だ。
以前その理由を尋ねたことがある。
返ってきた答えは店名そのものだった。
――俺の趣味だ、文句あるか。
以来、聞くのをやめた。
席へ腰掛けると、湯気の立つ赤い紅茶が静かに置かれた。
まず飛び込んでくるのは、鮮やかな赤。実に刺激的な色である。
続いて鼻孔を刺激する強烈な香辛料の香り。味を確かめる前から、その刺激だけは十分に伝わってくる。
飲む前から涙腺が刺激されるという、新感覚のおもてなしである。
まだ一口も飲んでいないというのに、目と鼻はすでに完全敗北していた。
「……紅茶って、目と鼻で味わうものだったか?」
「それが"通"ってものなんですよ」
ジミニーがそう言うと同時に、周囲へ透明な膜が広がった。
遮音結界――
ここから先の会話は外へ漏れない。
ジミニーの雰囲気が変わる。
先ほどまでの軽い調子は消え、声も低く落ち着いたものになった。
「それで? 今日は何を知りたいんですか」
マキは無言で金貨を一枚、カウンターへ置く。
「この前戻ってきた探索隊――いったい何を見つけてきた?」
ジミニーは金貨へ目も向けない。 指を組んで顎を支え、じっとマキを見つめた。
「えらく張りますね。よっぽど知りたい情報なのですか……」
返事の代わりに、金貨がもう一枚。
……さらに、もう一枚。
そこでようやく、ジミニーは小さく息を吐いた。
「探索隊も実物を確認したわけじゃない」
「ただ――ギルドは、ダンジョン発生の可能性を考えて動いているらしい」
マキの指先が止まる。
「ダンジョン?」
「北西です」
ジミニーは机の上を指先で軽く叩いた。
「イプザのさらに北西。森の深奥へ向かうほど魔力濃度が上がっているそうです。
高位魔物も確認された。オーガやオークが森からあふれ出した原因も、その辺りにあるんじゃないかと見られています」
マキは静かに紅茶へ口をつけた。
舌が痺れるほど辛い。
真顔のままで、ほんの少しだけ舌先を出す。それでも表情は変わらない。
頭の中には別の町の景色が浮かんでいた。
「イプザは?」
短く尋ねる。
「魔物は増えている」
ジミニーは首を横に振った。
「だが、大規模な襲撃やスタンピードは確認されていない」
その言葉を聞き、無意識に張っていた肩の力が少しだけ抜けた。
最後に妹へ会いに行ったのは、一年半以上前になる。
あれあれ以来便りも出していない――
元気にしているだろうか。
その直後、別の光景が頭に浮かぶ。
腕を組んだクレアが静かに微笑む。
『お姉ちゃん――』
優しい声なのに、その額にはオーガキングの角より凶悪な、幻の角が見えた気がした。
「しまった……便りくらい出しとけばよかった」
マキは肩をすくめ、小さくため息をつくと、カップの中身を飲み干した。
「……相変わらず不味い茶だ。いい加減、符牒を変えろよ」
「うちの店名をお忘れかな?」
ジミニーが、いつもの調子で嘯く。
「へいへい」
マキは肩をすくめるだけだった。
「……久しぶりに顔でも出すか」
そう言って席を立つ。
肩の上では、事情など何も知らないバーツが、
『クル?』
と首を傾げていた。
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作者の励みになります。
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