第七話 見えない戦場
お待たせ?いたしました。
連載を再開させていただきます。
今後、毎週土曜日12時10分に更新していく予定です。
たくさんの誤字報告ありがとうございます。
今後とも宜しくご愛読願います。
翌朝、クルドの街は相変わらず慌ただしかった。
復興作業は軌道に乗りつつあるが、それは“落ち着いた”という意味ではない。むしろ人と金が流れ込んでいるぶん、以前より雑多で騒がしい空気すらある。
アタシは冒険者装備の上からフード付きの外衣を羽織り、その喧騒の中をギルドへ向かって歩いていた。フードの中では、ムササビが当然のように丸くなって居座っている。
今日の目的は従魔登録――
このムササビみたいなやつが、完全に住み着いてしまった以上、今さら他人のふりをするのも無理だった。
せめて、形式だけでも整えておく必要があるだろう。
「朝から人多いな……」
そう呟いた直後だった。
「おい、そこのガキ」
しゃがれた声が横から飛んできた。
振り向くと、復興景気に紛れて流れ込んできたらしい、柄の悪い冒険者風の男たちが三人。装備はそれなりだが、動きに無駄が多い。経験が浅いか、ただの寄せ集めだろう。
「ギルド行くんだろ? その前にちょっと付き合えよ」
酒臭い息を吐きながら、男がにじり寄ってくる。
典型的な絡み方だった。
復興で流れ込んできた連中は、どこでも同じだ。まず“弱そうな相手”を測り、「軽く脅せば金か情報が取れる」程度のことしか考えていない。
ため息が出る。どうせコイツらもその類のチンピラだろう。
「悪いね、忙しいんだ」
「あ? ガキが冒険者気取りか?」
男の一人が一歩踏み出した瞬間、足元の風がわずかに乱れた。
踏み出した感覚だけがほんの一瞬、噛み合わない。
男は自分でバランスを崩し、隣の仲間にぶつかる。そのままもつれるように倒れた。
「……あ?」
「昨夜の酒でも残ってるんじゃない?」
マキはそれだけ言うと、興味を失ったように歩き出した。
男たちは一瞬動けず、その背中を見送ることになる。
その場にいた別の冒険者たちは、小さく息を呑んでいた。
「……今の、多分マキがやったんだよな?」
「さあな……まあ、あいつに絡むのは、だいたい新顔か馬鹿だ」
そんな声が背後で聞こえた。
まあ、たぶんその両方だ――
そう思ったが、あいにくもう興味はなかった。
その頃、ギルド本館の上階では、復興の喧騒から切り離された空気が流れていた。
依頼窓口や酒場が冒険者たちの喧騒で賑わう一方、本館上階では街の今後を左右する話し合いが行われている。
オーガ軍団襲撃から三ヶ月近く。 街の復興は進みつつあったが、片付いていない問題は山ほど残っていた。
その一つが、森の異変である。
分厚い木扉の向こうにある会議室。 長机を囲むのは、ギルドマスター、副ギルドマスター、ライアン、そしてクルドの主要クラン代表たち。
窓から差し込む朝の光は明るい。
だが、その場にいる誰の表情にも余裕はなかった。
議題はひとつ――
クルド周辺の異常事態についてだった。
「森の魔物増加は止まっていません」
副ギルマスが地図を叩いて続けた。
「オーガとオークの連合がどこからやってきたのかも、依然として特定できていません」
ライアンが腕を組みながらいう。
「普通なら、あの規模の異種の魔物は縄張り争いを始める。連携して動くなんてあり得ない」
「――だが現実に起きた」
ギルドマスターの声は重い。
「たまたま、かち合ったんじゃないのか?」
中堅クラン《蒼き雷鎚》の代表が意見を述べた、
「たまたまにしては、タイミングが良すぎる」
「そもそも東西へ分かれて攻めてきた時点で不自然だ」
「偶然なら、オーガキングが倒された途端、オーク軍団が撤退した理由がつかん」
誰もが異常だとは思っている。 だが、その理由を説明できる者はいなかった。
会議室を重い沈黙が包んだ。
現時点で答えが出ないことは、この場の誰もが分かっていた。
やがて話題は自然と、あの日の襲撃へと移っていった。
「東門の対応は混乱していた。避難誘導と防衛が同時に発生したせいで、指揮が分断された」
「西門側も同様だ。救援に向かおうとした時には、東門から引き返してきた避難住民が押し寄せてきて、まともに動けなかった」
それを聞いていたライアンが低く続ける。
「それでも私が着いた時、第二次防衛線は機能していた――」
会議室の視線が集まる。
「仮防壁の配置、人員の振り分け、負傷者の後送。どれも場当たり的とは思えなかった。統率も最後まで崩れていない」
「誰が指示したんだ?」
誰かが呟く。
「ギルドじゃない」
ギルドマスターが即座に首を振った。
「当時は避難民の混乱を抑えるので手一杯だった」
「衛兵団でもないな」
衛兵団との連絡役を務めていた男が言う。
「補給要員を残して、主力は西門へ投入されていた」
「もちろんクラン連合でもない」
ライアンも否定した。
会議室が静まり返る。
「あの時、現場にいた者たちにも確認した」
副ギルドマスターが資料をめくる。
「全員、『誰かの指示する声が聞こえた』とは証言している」
「誰か?」
「そこが問題だ」
副ギルドマスターは肩を竦めた。
「現場指揮を執っていたB級冒険者だと思ったらしい」
「らしい?」
「名前を挙げてもらうと、全員の証言が違っている」
会議室が静まり返った。
「ある者はベルドと言った。ある者はガレスだと言った。別の者はミリアだ」
「ベルドは、その時間は西門で戦っていたぞ」
「ガレスは避難住民に揉みくちゃにされながら誘導していたな」
「最後は子供を肩車してたぞ」
「ミリアは……まあ、そんな面倒な役を買う性格じゃないな」
「ミリアは……ないな」
「ないな」
「絶対にない」
数人が苦笑する。
「……つまり、誰が指示していたのか分からんということだ」
その結論を否定できる者はいなかった。
何とも言えない沈黙が落ちる――
あの第二次防衛線は確かに存在した。
だが、それを構築した人物だけが、最後まで見つかっていなかった。
その頃、ギルドの酒場では別の騒ぎが起きていた。
「だからよぉぉ! ガキが〜調子ん乗んなって話だろ〜!」
「もう、呑めね――」
「根性なし!もう終わりかー」
呂律の回らない叫び声と囃し立てる声が混ざる中、ギルド酒場の前を通りかかったライアンは足を止めた。
ちなみに、酒場に扉はない。どこのギルドでも大体そうだ。
諸説あるが、酔っぱらい同士の喧嘩で頻繁に壊されるため、頭にきた創業時の初代ギルマスに叩き壊わされてからだ…という説が最も有力視されている。
「……何してるんだ?」
視線の先には、テーブルに堂々と座るマキの姿があった。
その周囲には、見覚えのある柄の悪い冒険者たちが転がっている。
机に突っ伏し、完全に意識を失っている者もいる。
「ナタリー、これは……?」
受付嬢は肩をすくめる。
「飲み比べです」
「飲み比べ?」
「絡まれたと思ったら、いつの間にかそうなってました」
ナタリーは転がる男たちを見る。
「――で、結果がこれです」
ライアンは数秒黙った。
「……何故そうなる」
視線の先には、マキがジョッキを片手に上機嫌で笑って、給仕に声をかけていた。
「ここの支払い?」
マキは転がる男たちを指差した。
「そこの連中が支払うってさ」
「いや、意識ないですよ?」
「じゃあ起きたら請求しといて」
「おい――」
ライアンは額を押さえながら近づく。
「お前、何をやってるんだ……」
「あ? 別に。ちょっと遊んでやってただけだよ」
「お前まだ十三だろ。飲酒は――」
「水みたいなもんだよ、こんなの」
「断じて違う!」
即答だった――
ライアンはテーブルの下へ視線を向ける。転がっているのは強い蒸留酒の瓶だ。水どころの話ではない。
ドワーフでもなければ、そうそう平然と飲める代物ではなかった。
だが、マキはまるで気にした様子もない。
ライアンの視線を受け流しながら、ジョッキに残った酒を一気に煽る。
実際のところ、マキは体内へ入った酒を片端から解毒しているだけだった。
本人の感覚では、ほとんど水と変わらない。
もっとも、完全ではないらしい。
頬はわずかに緩み、機嫌も普段よりかなり良かった。
鼻歌混じりにフードへ手を伸ばし、中からちょこんと顔を出した小さな生き物へ木の実を与える。
灰色の毛並み。
ムササビによく似た魔獣だった。
「それ……何だ?」
ライアンが目を細める。
「今日の用事」
「用事?」
その瞬間、マキは何かを思い出したように立ち上がった。
「――あ、そうだ」
ジョッキを置き、そのまま受付へ向かう。
ライアンは首を傾げた。
「おい、どこへ行く」
「どこって、これ――」
受付カウンターの上に置かれていた書類を一枚手に取り、ひらひらと振る。
ナタリーが苦笑する。
「従魔登録ですよ」
「ああ……それで来ていたのか」
ようやく納得がいった。
マキは最初からその手続きのためにギルドへ来ていたのだ。
そこへ例の連中が絡み、何故か飲み比べになり、何故か全員返り討ちにされた。
経緯は相変わらず理解できなかったが。
ライアンは酔いつぶれた連中に視線を送り、なにやら考え込んでいた。
その間に、書類の必要事項を埋めていたマキの手が止まる。
――名前を書く欄。
「……」
全く考えていなかった。
フードから出て受付カウンターに座り込んでいたムササビと目を合わす。
「お前、名前あるのか?」
ムササビに聞いてどうする――
マキとムササビを、見守っていた全員の心のツッコミが重なった。
「う〜〜〜ん………」
頭を掻きながら、唸り声を上げて考え込む。
ムササビは不思議そうに首を傾げていた。
くりくりとした丸い目。
茶色がかった灰色の毛並み。
――その顔を見た瞬間。
マキの脳裏に、ひとりの少年が浮かんだ。
遠い記憶だった……
まだ仲間たちとクラン《翼》を立ち上げたばかりの頃。
ライアンと一緒になって森を駆け回り、毎日のように叱られていた茶色い髪の小さな男の子。
無茶をして、無茶をして――そして、いなくなった……守ってやれなかったたった七つの男の子。
「……バーツ」
気がつくと、ペンが動いていた。
ライアンが眉をひそめる。
「なんで…その名前を?」
「……幼馴染の子に似てたからかな」
マキはそれだけ言うと、視線を外した。
ライアンは何か言いかけて、やめる。
「……そうか」
それ以上は踏み込まなかった。
――バーツ。
その名前を聞くのは久しぶりだった。
あの日から、誰も口にしなくなった名前だったからだ。
言われてみれば、くりくりとした目元や人懐こい雰囲気は、自分の知るバーツにも少し似ている。
だが、それはただの偶然だろう。
マキの口にした幼馴染と、自分の知るバーツが同一人物であるはずがないのだから。
従魔登録は淡々と終わった。
ムササビは当然のようにマキの肩へ乗る。
「お前、本当に落ち着きがないな」
同じ名前を付けたからといって、そんなところまで似なくていいだろうに。
マキは小さくため息をついた。
ふと視線を上げる――
ライアンは次の打ち合わせへ向かうらしく、足早にギルドの奥へ消えていった。
その背中を見送りながら、マキは額を押さえる。
「……あぶねーあぶねー」
思わず口から出た名前だった。
ライアンの様子を見る限り、特に気にした風ではなかった。
だが、あいつにとってもバーツは忘れられる名前じゃない。
わざわざ掘り返すような話でもなかっただろう。
「……少し迂闊だったか」
十秒ほど反省する。
「……ま、なんとかなるさ」
そう言ってギルドの外へ出ると、街はいつも通り動いていた。
人がいて、声があって、生活がある。
復興作業の音や商人の呼び込み。
そして、子供たちの笑い声。
オーガ襲撃の傷跡はまだ残っている。
それでも街は前を向いていた。
クルドの日常は、少しずつ戻り始めている。
だが、その一方で――
森のざわめきは、まだ消えていなかった。
あの日の異変が何だったのか。
何故あれほどの魔物が街へ押し寄せたのか。
その答えを知る者は、まだ誰もいない。
ただ一つ変わったことがあるとすれば――
マキの肩の上に、小さな重みが増えたということだけだった
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