第五話 森で拾った小さな厄介事
今日も短め…
明日も、18時10分更新いたします。
倒れた牙獣のそばへしゃがみ込み、アタシは傷口を確認した。
首筋へ入った風刃は狙い通り急所へ届いている。仕留めること自体は問題なかった。だが、やはり少し威力を乗せすぎている。
本来なら、皮膚と血管だけを切り裂けば十分だった。
必要以上に深く抉れば肉を傷めるし、血の匂いも強くなる。素材価値も落ちる。何より、魔力消費が無駄だ。
「……まだ力加減が雑だな」
苦笑しながら、アタシは腰のナイフを抜いた。
以前のアタシは、こういう細かい部分をそこまで気にしていなかった。
身体強化をかけて前へ出て、多少強引でも押し切る。それが昔のアタシの基本だったからだ。
だが今は違う――
広域探知を維持しながら移動し、さらに気配遮断まで重ね、そのうえで攻撃魔法を正確に制御する。そういう戦い方を始めた以上、一つの雑さが全体へ影響する。
特に、魔力消費の偏りは危険だった。
戦場では“まだ余裕がある”と思っていた瞬間に限って、想定外が起きる。
だから、普段から無駄を削る必要がある。
アタシは牙獣の解体を始めながら、同時に風の結界を展開した。
薄い膜のような風が周囲へ広がり、倒れた牙獣を包み込む。
すると、流れ始めていた血臭がぴたりと止まった。
森では血の匂いそのものが“食事の合図”になる。
特に牙獣程度の血臭なら、風向き次第でかなり遠くまで流れてしまう。下手をすると、解体を始めて数分もしないうちに別の魔物が寄ってくることも珍しくない。
だから本来なら、解体作業には周囲を警戒する見張り役が必要になる。
だが、風の結界で匂いを封じれば話は別だった。
「維持は問題なし……か」
結界の安定性を確認しながら、アタシは肉と牙を手早く切り分けていく。
風の結界は便利だ――
だが、その分だけ制御難度も高い。
特に匂いや気配を遮断する系統は、魔力制御が少しでも甘いと結界へ隙間が生まれる。
以前深奥の森で試した時など、血臭が中途半端に漏れ、大型魔物を呼び寄せかけたこともあった。
あの時は、本気で死ぬかと思った。
もっとも、シャロンの奴は宙に浮いたまま、文字通りの高みの見物で腹を抱えて笑っていたが。
『成功するまで失敗するのが研究よぉ』
などと気楽に言っていたが、こっちとしては命懸けである。
「……ったく」
思い出すだけで疲れてくる。
だが、イプサの森深奥で過ごした十ヶ月が無駄だったとは思わない。
あそこは、常に気を張り続けるしかない環境だった。
ジェネラル級魔物が縄張り争いを繰り返し、森そのものが巨大な危険地帯になっている。少し探知が遅れれば不意を突かれ、判断を誤ればそのまま死ぬような場所だった。
そんな環境で、アタシは一から魔法を鍛え上げた。
昔から知識だけはあった――
魔法が使えなかった頃、“どうすれば使えるのか”を探して、手当たり次第に理論書を読み漁っていたからだ。
だから、術式構造や魔力理論そのものは頭へ入っている。
だが、実際に魔法を扱うとなると話は別だった。
広域探知を維持しながら気配遮断を重ね、さらに結界制御や複数術式の同時運用まで行おうとすると、どうしても細部の制御が甘くなる。
短期間で一気に習得した反動なのだろう。
理論は理解しているし、実際に発動もできる。
けれど、身体へ馴染み切っていない感覚がまだ強かった。
だからこそ、実戦の中で一つずつ精度を磨く必要があった。
アタシは解体を終えると、回収した素材を袋へ詰め込みながら周囲へ視線を向けた。
風向きは安定している。
探知にも大きな反応はない。
だが、それでも以前より森全体の気配が落ち着かないのは確かだった。
小型魔物の移動頻度が妙に多いのだ。
おそらく、オーガ軍団が暴れ回った。
あの襲撃の爪痕は、まだ森の奥深くにも残っていた。
「しばらくは荒れるかもな……」
低級魔物の分布が変われば、採取依頼にも影響が出る。
護衛依頼も増えるだろうし、街道の安全維持も今まで以上に難しくなるはずだ。
クルドの連中も、まだ当分は気を抜けない。
ライアンなんか、まともに休めないだろうな。
そんなことを考えながら立ち上がった、その時だった。
不意に、探知へ小さな反応が引っかかる。
「……なんだ?」
反応はかなり近い――
だが、魔物にしては妙に弱かった。
しかも警戒心が薄い。
最初は小型獣かと思ったが、どうにも反応が不自然だった。
「……いや、違うな」
アタシは眉をひそめる。
警戒していないんじゃない。
弱っているのか――
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