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死亡扱いの最強冒険者、13歳の姪として再登録しました 〜“故人”のままバレずに現役復帰します〜  作者: 猫が寝転んだ
第二章 傷跡の残る森

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第三話 傷跡の残る森

 森の北側(・・)へ入ってしばらく――


 木漏れ日の差す獣道を歩きながら、アタシは先ほど別れた見習いたちの顔を思い返していた。


 緊張しているくせに、どこか期待に目を輝かせていて、それでいて自分たちなら上手くやれると信じてもいる。


 まあ、冒険者になりたてなんて大体あんなものだ。


 危険な仕事だと理解はしていても、心のどこかでは「自分だけはなんとかなる」と思っている。そして実際、最初のうちは運よく生き残れてしまうことも多い。


 だからこそ厄介なのだ――


 運が良かっただけなのに、それを実力だと勘違いする。

 無茶が通る。

 危ない橋を渡れてしまう。


 そうやって感覚を狂わせたまま、ある日突然帰ってこなくなる冒険者を、アタシは嫌というほど見てきた。


「……S級、か」


 ぽつりと呟き、アタシは小さく空を見上げた。


 さっきは軽く流したが、あれは本当に別物だった。


 アタシ――いや、ケイトだった頃。

 一度だけ、S級冒険者と共同任務に入ったことがある。


 北部山脈で発生した、大規模な魔物暴走事件だった。

 ジェネラル級が複数確認され、現地騎士団だけでは抑えきれなくなったことで、王都から高位冒険者が派遣されることになったのである。


 その時、前線へ送られてきたのが“S級”だった。


 今思えば、当時のアタシはかなり自惚れていたのだと思う。


 クラン〈翼〉の副代表として前線へ立ち、単独討伐記録もそれなりに持っていた。若手だったライアンたちの面倒を見る立場にもなっていて、自分はもう十分に“一流側”の冒険者だと思っていたのである。


 だから、S級と聞いてもそこまで現実感はなかった。


 同じ冒険者である以上、多少規格外ではあっても、結局は延長線上の存在だろう――そんなふうに考えていたのだ。


 だが、実際に見たそれは、まるで別の何かだった。


 山が揺れた――

 本当に、そう見えたのである。


 S級冒険者が剣を振った瞬間、山肌を埋め尽くしていた魔物の群れがまとめて吹き飛んだ。

 爆炎が上がったわけじゃない。大規模魔術でもなかった。ただ一度剣を振った、その余波だけで、前方一帯がごっそり消し飛んだのだ。


 巻き込まれた巨木は何十本もまとめて倒れ、そのさらに後方にいたジェネラル級の魔物まで、何体もまとめて両断されていた。


 当時のアタシは、それを少し離れた崖上から見ていた。

 いや、見ていたというより、呆然としていたと言った方が正しい。


「……なんだよ、アレ」


 思わず漏れた自分の声を、今でも覚えている。


 隣にいたライアンなど、完全に腰を抜かして座り込んでいた。


 だが当のS級本人は、終始ほとんど表情を変えなかった。

 苦戦している様子もなければ、力を誇示するような気配もない。ただ歩き、斬り、魔物の群れを処理していくだけだった。


 周囲ではA級冒険者たちが必死に前線維持を続けていたというのに、一人だけ戦場の理屈そのものが違っていたのである。


 たぶん、あの日だった――


 アタシの中で、“S級冒険者”という存在が完全に別物へ変わったのは。


 強い人間、なんて言葉では足りない。

 あれはもう、災害側だ。

 同じ土俵に立つ存在ではない。


 だからそれ以降、アタシはS級を目指そうなんて一度も思わなかった。


 憧れより先に、「おこがましい」という感覚の方が来てしまったのである。


 A級とS級の間には、壁どころではない隔たりがある。

 人間と怪物ほど違う。


「……でも」


 アタシはふと足を止めた。


 森を抜けた風が枝葉を揺らし、頭上で木々がざわざわと鳴っている。


 その音を聞きながら、アタシはゆっくりと自分の右手へ視線を落とした。


 若返ってから、アタシの魔法は明らかに変わった――


 以前のアタシには扱えなかった外部放出型魔法。

 異常なまでに広がった探知精度。

 複数魔法の同時制御。


 イプサの森深奥で過ごした十ヶ月の修行は、正直かなり滅茶苦茶だった。


 時折ふらっと来ては無理難題を押し付けるシャロンには散々振り回されたし、死にかけた回数も一度や二度ではない。


 だが、その結果として、昔とは比べものにならないほど出来ることが増えていた。


 もちろん、まだ未完成だ。

 制御は甘いし、戦闘になると身体強化主体だった頃の癖も抜け切っていない。魔法運用も荒削りで、無駄な消耗を出すことも多い。


 それでも――

 今のアタシが、かつての“ケイト・クラーク”より遥かに強いことだけは、もう疑いようがなかった。


「今なら……」


 そこまで口にしてから、アタシは小さく苦笑する。


 S級――


 人間の枠を踏み越えたような、あの化け物たち。

 あの領域へ本当に届く保証なんてどこにもない。


 けれど少なくとも、昔みたいに「最初から無理だ」とは思わなかった。


 それは根拠のない自信というより、今の自分なら届く可能性くらいはあるのかもしれない――そんな妙な実感に近かった。



 森へ入って二時間ほどが経った。


 背負い袋の中では、採取済みの薬草が歩くたびにかさりと揺れていた。依頼達成分としては、もう十分な量だろう。


 クルド周辺で採れる止血草は、オーガ襲撃以降まだじわじわと値段が上がっている。

 負傷者向け需要が増えているのだ。


 街の復興そのものは進んでいるが、まだ包帯姿の人間は珍しくない。復旧作業中の事故や、戦傷の治療継続もあるせいで、薬草類は慢性的に不足気味になっていた。


「ま、稼げるうちに稼いどくか」


 アタシはしゃがみ込み、新しく見つけた止血草の群生へナイフを入れる。


 根まで抜いてしまうと次が育たない。土を荒らしすぎれば群生そのものが弱る。こういう細かい積み重ねを雑にする採取者は、結局長続きしないのだ。


 風が森を吹き抜けた。

 木々がざわめき、湿った土と葉の匂いが流れてくる。


 その中に混じる、わずかな血臭にアタシは眉をひそめた。


「……まだ残ってるか」


 視線の先では、何本もの木が不自然な形でへし折れていた。


 幹には巨大な打撃痕が残り、地面にも大きく抉れた跡が走っている。オーガどもが進軍した痕跡だ。


 あの襲撃から三ヶ月近く経っていたが、森の傷跡はまだ色濃く残っていた。


 獣道は踏み荒らされ、あちこちの茂みには焼け跡が残っている。

 倒木や崩れた巣穴も多く、森の生態系そのものが大きく乱されているのが分かった。


 魔物同士の縄張りまでかなり変化しているらしく、最近は低級魔物の分布も不安定になっていた。


「……面倒な後遺症残してくれたな」


 倒木へ軽く触れる。

 表面は既に乾き始めていたが、内側にはまだ新しい裂け目が残っていた。


 キング級――

 やはり、あれは災害だ。


 あんなものが群れを率いて街まで出てくる時点で異常すぎる。


 本来なら、あの規模の魔物は森の奥で縄張り争いを始める。

 実際、種族の違うキング級同士が接触すれば周囲一帯が戦場になることも珍しくない。


 それが今回は、森の奥で潰し合うどころか、統率されたまま街へ向かい、東西両門へ時間差攻撃まで仕掛けてきた。

 どう考えても不自然だった。


「……ま、今は考えてもしゃーないか」


 アタシは倒木から手を離して立ち上がる。


 今日の依頼は薬草採取だ――


 ケイトだった頃なら、違和感を覚えた時点で調査隊を編成していたかもしれない。

 だが今のアタシは、あくまでD級冒険者の“マキ”である。


 あまり深い情報へ首を突っ込みすぎれば、不自然さの方が目立ってしまう。


「それに、今日は訓練も兼ねてるしな」


 軽く肩を回しながら、アタシは息を吐いた。


 イプサの森深奥で過ごした十ヶ月の修行によって、アタシの戦い方は以前とはかなり変わった。


 昔のアタシは、良くも悪くも単純な前衛型だった。身体強化を軸に前へ出て、敵を斬る。それが基本だったのである。


 だが今は違う――


 広域探知を維持しながら周囲の魔力を把握し、必要に応じて補助魔法を重ねる。

 敵の動きを妨害する魔力干渉を維持したまま、状況によっては幻影魔法まで同時展開することもある。


 出来ることは、昔とは比較にならないほど増えていた。


 その代わり、運用難度も跳ね上がっている。

 一つ制御を崩せば、全体の流れまで乱れる。特に最近は、“出来ることが増えすぎた”感覚の方が強かった。


「器用貧乏で終わるのは御免だ」


 だからこそ、一つずつ鍛え直す必要がある。


 今日は風魔法だけに絞るつもりだった。


 探知範囲の精度向上に、移動効率の最適化。攻撃魔法の制御安定に加え、風の結界による気配遮断や匂いの制御も試しておきたい。


 基礎を徹底的に磨き直すつもりだった。


 アタシは森の奥へ向かって歩き出す。


 木々の隙間を抜ける風が頬を撫で、その流れに合わせるように、体内の魔力を静かに巡らせた。

お読みいただきありがとうございました。


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