第二話 一人前になるまで
こちらは本日二話目です。
全く初めての方は第一章から遡ってご覧いただけると嬉しいです。
クルド東門を抜け、森へ続く街道を歩く。
朝の依頼帰りらしい冒険者たちと何度かすれ違った。
鎧姿の冒険者に混じって、革装備の少年少女たちの姿も見える。動きや装備の扱い方を見る限り、まだE級――見習い冒険者だろう。
歩幅は揃っていないし、周囲を警戒する余裕も薄い。腰の短剣もまだ真新しく、いかにも駆け出しという雰囲気だった。
そして何より、背負っている荷物が重すぎる――
背中へ潰されそうな勢いで歩いている少年を見て、アタシは思わず声を掛けていた。
「おい、あんたたち」
三人組がびくっと肩を震わせる。
「は、はいっ!」
返事だけ妙に元気だった。
アタシは少年の背負い袋を見上げる。
「なんだよ、その荷物。山越えでもする気か?」
「え?」
「その量抱えたまま森歩いたら、奥入る前に潰れるよ」
実際、袋の膨らみ方が酷い。詰め込みすぎで重心がぶれているせいで、歩くたびに身体ごと左右へ振られていた。
「え、でも、準備は大事だって……」
「そりゃ大事だよ。でも、持ち歩けなきゃ意味ないだろ」
アタシは苦笑しながら、重そうな背負い袋を顎で示した。
「森じゃ、一番危ないのは体力切れだ。帰り道で足が止まった時に限って、面倒なのと鉢合わせるからね。
魔獣相手に逃げる余力も残ってない、なんて状況になったら笑えないよ」
三人は顔を見合わせながら、自分たちの荷物を見下ろした。どうやら心当たりはあるらしい。
そのうち、赤毛の少年が少しためらうように口を開く。
「あ、あの……マキさん、でしたっけ」
「ん?」
「この前の戦いで活躍したって聞きました」
「誰からそんな話聞いたの」
「ギルドで噂になってます」
余計なことを――
復旧作業組か、それとも受付連中か。どのみち、あの騒ぎの中で完全に目立たず終わるのは無理だったらしい。
「別に大したことしてないよ」
「でも、A級のライアンさんとも話してましたよね?
あの、難しそうな感じで……」
「依頼の報告しただけ」
完全な嘘ではない――
少年は「おお……」と感心したような声を漏らした。
どうやら“A級冒険者と話していた”というだけで、かなり特別なことに見えているらしい。
その尊敬の眼差しに、アタシはなんとも言えない気分になる。
やめてほしい――
そういう目で見られるのは、どうにも落ち着かなかった。
「それより、あんたたち。階級の意味、ちゃんと理解してるの?」
「え?」
「E級だから雑用、A級だから英雄、くらいにしか思ってないなら危ないよ」
三人が慌てて姿勢を正す。
どうやら図星だったらしい。
アタシは苦笑しながら、そのまま街道を歩き続けた。
「E級は、要するに見習いだね。まだ“冒険者として生き残る方法”を覚える段階。護衛依頼は禁止だし、討伐も基本は先輩同行。単独行動なんてもってのほかだ」
「は、はい」
「森で死なないための訓練期間――って思った方が近いかな」
三人は真面目な顔で頷いている。
「D級で、ようやく一人前扱い。薬草採取とか低級魔物討伐、簡単な護衛依頼なんかを任されるようになる」
今のアタシも、表向きはここだ。
「C級まで行くと中堅だね。新人指導を任されたり、小規模な依頼で指揮を執ることも増えてくる」
「へえ……」
「B級は都市防衛の主力。街に何か起きた時、一番最初に前線へ放り込まれる連中だよ」
そこまで口にしたところで、自然とオーガ襲撃の時の光景が頭をよぎった。
門上で戦っていた冒険者たち。 血まみれになっても、最後まで武器を手放さなかった連中。
あの時、最前線を支えていたのは間違いなくB級以上だった。
「そしてA級」
アタシは少しだけ声を落とした。
「ここまで来ると、もう単なる“強い冒険者”じゃない。一人いるだけで戦況そのものを変えられる。下手な騎士団より、よっぽど厄介だよ」
三人の目が揃って丸くなる。
「じゃ、じゃあライアンさんは……」
「A級。しかも現場指揮までできる。クルドじゃ別格だよ」
実際、あの男がいなければ東西門の統率は崩れていた。
オーガキング戦ばかり目立って語られがちだが、本当に厄介だったのは、あの混乱した状況で防衛線そのものを維持し続けたことだ。
少なくとも、ライアンがいなければ被害はもっと増えていただろう。
「それじゃあ……S級って?」
今度は少女の方が恐る恐る訊いてくる。
アタシは少しだけ空を見上げた。
脳裏に浮かぶのは、昔たった一度だけ共闘した“アレ”の姿だ。
「……人間やめてる連中」
「えっ」
「冗談じゃないよ。ああいうのは、もう災害側って言った方が近い」
三人とも揃って黙り込んだ。
まあ、普通はそういう反応になる。
実際、アタシだって初めて見た時は同じような顔をした覚えがある。
「でも、覚えときな」
アタシは前を向いたまま言葉を続けた。
「冒険者ってのは、強ければ偉いわけじゃない」
「え?」
「最後まで生きて帰る奴が一番偉いんだよ」
森へ続く街道を歩きながら、アタシは静かに続ける。
「依頼達成しても死んだら意味ない。無茶して仲間巻き込む奴なんて論外だしね。ギルドが本当に見てるのは、生存率と判断力だ」
「判断力……」
三人は真面目な顔で話を聞いていた。
ギルドでも表向きの説明くらいはされる。
だが実際には、“どういう時に死ぬのか”みたいな話を、ここまで踏み込んで教えてくれる人間は案外少ない。
結局、最後は現場で覚えろ、になるのだ。
「危ないと思ったら撤退する。報告をちゃんと上げる。おかしいと思ったことを無視しない。それだけでも、生き残れる確率はかなり変わるからね」
実際――
森の異変報告がもっと早く真面目に扱われていたら、東門の被害は少し減っていたかもしれない。
……まあ、今さら言ってもしょうがないんだけど。
「あと、危ない情報を抱え込まないこと」
「情報、ですか?」
「危険区域とか、魔物の群れとかね。たまに“自分だけ知ってれば得”みたいに隠す奴いるけど、あれ最悪だから」
アタシは少しだけ表情を曇らせた。
「情報が遅れれば、それだけ対応も遅れる。場合によっては街そのものが巻き込まれることだってあるんだよ」
三人の顔つきが少し引き締まる。
どうやら、ただ説教を流し聞きしているわけではないらしい。
悪くない――
「ま、今のあんたたちは、まず“ちゃんと生きて帰る”こと覚えな」
そう言うと、赤毛の少年が苦笑混じりに口を開いた。
「なんか……先生みたいですね」
「やめて。そんな歳じゃないから」
「でも詳しいです」
「現場が長いだけだよ」
軽く肩をすくめながら、アタシは森への分岐路で足を止めた。
「あんたたちは南側行きなよ。今日は風向きよくないから、北側はやめといた方がいい」
「風向きで分かるんですか?」
「まあ、なんとなくね」
本当は探知で周辺の魔物配置まである程度把握している。
けれど、そんな説明をしたところで、この子たちには現実味がなさすぎるだろう。
「じゃ、気をつけて」
「あ、ありがとうございました!」
三人は慌てて頭を下げると、そのままぎこちない足取りで南側の森へ向かっていった。
その背中を見送りながら、アタシは小さく息を吐く。
昔なら、こういう新人教育はクランの後輩たちへ任せていた。
なのに結局、今でも似たようなことをしている。
……性分ってやつは、なかなか変わらないらしい。
すみません。予定変わりました。
明日は13時10分に一本目を更新します。
そして18時10分二本目更新です。
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