第一話 平穏、とは言い難いけれど
短期集中、六回連続更新いたします。
マイペースでぼちぼち続けていきたいシリーズなので、長い目で応援いただけると嬉しいです。
オーガ軍団襲撃から、三ヶ月が過ぎようとしていた――
クルドの街は、一見すると平穏を取り戻していた。
壊れていた東門は応急修復を終え、すでに本格的な復旧工事へ移っている。
街道には再び荷馬車が行き交い、露店商たちも少しずつ戻り始めていた。
広場ではしゃぐ子供たちの声も聞こえるようになり、表向きだけを見れば、街は以前の活気を取り戻しつつあるようにも見える。
もっとも、「ようやく平和になった」と無邪気に笑えるような空気では、まだ到底なかった。
街のあちこちには、戦いの爪痕が生々しく残っている。崩れたまま積み直されている石壁や、焼け焦げた建物の跡を見るたびに、あの日の混乱を思い出す者も少なくないだろう。
見張り台も補強材だらけで、とても“元通り”とは言い難い姿だった。
復旧作業そのものは着実に進んでいる。だが、壊れた建物を直したところで、失われたものまで戻ってくるわけではない。
街長館の前を通ると、今日も役人たちが慌ただしく建物を出入りしていた。
物資不足への対応に、復興計画の調整、避難民の受け入れ先の整理に加え、近隣都市との交渉まで抱えているのだろう。
表へ出てこないだけで、上の連中は今も休みなく動き続けているらしかった。
冒険者ギルドも似たようなものだった。
オーガ軍団との戦いで出た被害は大きく、討伐隊の再編だけでも相当な手間が掛かっているらしい。
重傷を負った冒険者の穴埋めや、周辺地域の警戒体制の見直しに加え、新たに確認された魔物の調査依頼まで増えており、ギルド内は今も慌ただしい空気が続いていた。
特に、あの襲撃以前にも時折上がっていた“森の異変報告”を軽視していた件は、かなり問題になったようだ。
実際、アタシが最初に違和感を報告した時も、受付の反応は酷いものだった。
新人のD級冒険者が騒いでいる程度にしか扱われず、まともに報告も通らなかったのである。
その積み重ねが、あのオーガ軍団襲撃だ――
もちろん、全部の責任が受付嬢たちにあるわけじゃない。あの規模の異常事態を、たった数件の報告だけで正確に予測しろというのも無茶な話ではある。
だが、それでも被害が出たあとでは、「もっと早く動けなかったのか」という話になるのは避けられなかったのだろう。
以前より、受付嬢たちは報告内容を真面目に確認するようになったし、調査依頼も通りやすくなっていた。
……まあ、今さらと言えば今さらなんだけどね。
「……っと」
荷車を引いた商人とぶつかりそうになり、アタシは横へ避ける。
すると、荷台の固定具を進みながら直そうとしていた男が慌てて頭を下げてきた。
「す、すまねえ嬢ちゃん!」
「気にしないでいい。ちゃんと前見て歩かないと危ないよ」
「お、おう……」
男は少し目を丸くしてアタシを見ると、それから苦笑した。
最近、こういう反応をされることが増えた。
見た目はどう見ても子供――
なのに口調と態度だけ妙に場慣れしているからだろう。
まあ、しゃーないか――
今さら猫を被れる性格でもないしね…
ギルド前の通りへ出ると、遠くに見慣れた背中が見えた。
ライアン・ローデン。
クラン〈翼〉代表でもあり、クルドでも指折りの現場指揮能力を持つA級冒険者。
今日も領都から派遣されてきた騎士団の連中と何か話し込んでいる。
地図を広げ、周囲を囲まれながら指示を飛ばす姿は、相変わらず忙しそうだった。
実際、忙しいのだろう――
元々クルドを代表するA級冒険者として知られていたライアンだったが、オーガキング討伐を経たことで、ライアン・ローデンの名は完全に街へ刻み込まれていた。
状況次第では街の防衛戦そのものを任されることもあるため、騎士団側から意見を求められる場面も少なくないらしい。
さらに、クラン〈翼〉の代表として、百人近い構成員の生活と命まで背負っている。
今のクルドで、最も休めていない人間の一人なのは間違いなかった
「……ご苦労なこった」
小さく呟きながら、アタシはライアンたちから視線を外した。
別に避けているわけじゃない。向こうへ行って話しかけたところで、不自然というほどでもないだろう。
ただ、今のアタシは“マキ”だ。
クラン〈翼〉の元代表でもなければ、街の防衛会議へ顔を出すような立場でもない。
ただのD級冒険者として登録した、一介の新人に過ぎないのである。
街の復興計画や防衛方針なんて話に、気軽に口を挟める身分ではなかった。
……いや。
正確には、“そういう立場でいるようにしている”と言うべきかもしれない。
ケイトだった頃のアタシは、嫌でも前へ出る側だった。クランを率いて戦場へ立ち、街の防衛にも深く関わっていたし、現場判断について意見を求められることも珍しくなかった。
だが今は違う――
アタシはもう、“ケイト・クラーク”として生きるつもりはないのだ。
もちろん、困っている人間を見捨てるつもりまではない。実際、オーガ襲撃の時だって、結局かなり首を突っ込んでしまった。
それでも、昔みたいに最前線で全部を背負う気はなかった。
今のアタシはマキとして生きる。
少なくとも、そのつもりでこの街へ戻ってきたのである。
「さて、行きますか――」
気持ちを切り替えるように、アタシは腰のポーチを軽く叩いた。
今日の予定は薬草採取だ。派手さはないが、復興続きの今は金も物資もいくらあっても足りない。
何より、こういう地道な依頼をきちんとこなしておくのは、“新人D級冒険者マキ”として動くうえでも大事だった。
ギルドの扉を開けると、朝の空気がそのまま押し寄せてくるような騒がしさに包まれた。
依頼票の前では、どの仕事を取るか揉めている冒険者たちが声を張り上げている。
奥では探索帰りの班が報告書を提出しており、その横では武器屋の店主らしい男が「修理依頼が多すぎる」と担当職員へ怒鳴っていた。
さらにその合間を縫うように、書類と机を抱えた職員たちが慌ただしく走り回っている。
さすがに、オーガ襲撃直後の戦時体制ほどではない。
だが、完全に平時へ戻ったとも言い難かった。
人の数は多いのに、どこか全員が余裕を失っている。復興需要と警戒任務が重なっているせいか、ギルド全体が張り詰めたまま動き続けているような空気だった。
「あ、マキさん――」
受付の一角から声を掛けられ、アタシはそちらへ視線を向けた。
立っていたのは、以前アタシへ露骨な敵意を向けていた受付嬢の一人だった。
しばらく姿を見なかったが、どうやら問題になった件の研修だか再教育だかを終えて戻ってきたらしい。
今はもう、以前ほど刺々しい態度ではない。
それでも、どこか気まずそうな表情をしていた。
「薬草採取の受注票、できてます」
「ん。ありがと」
差し出された紙を受け取ると、受付嬢はわずかに目を丸くした。
たぶん、もっと嫌味の一つでも返されると思っていたのだろう。
実際、以前の対応を考えれば、多少文句を言われても仕方ないことはしている。
だが、アタシ自身はそこまで根に持っていなかった。
ライアン絡みで面白くなかったのだろうし、新人相手に意地を張る気持ちも分からなくはない。
実害があったわけでもない以上、いつまでも引きずるほどのことでもなかった。
それに、オーガ襲撃を経たあとだ。
あれだけ街中がひっくり返ったあとで、今さら受付で睨まれた程度の話を蒸し返すのも、なんだか馬鹿らしかった。
「東側の森は、まだ一部封鎖区域がありますので――」
受付嬢は確認するように言葉を続けた。
「了解。近づかないようにするよ」
「……はい」
その返事を聞くと、受付嬢は少しだけ安心したように頷いた。
アタシは受け取った受注票をポーチへ突っ込むと、そのままギルドをあとにした。
外へ出ると、空はよく晴れている。復興途中の街並みを抜ける風はまだ少し土埃っぽく、工事現場の木材や石材の匂いまで運んできていた。
見渡せば、壊れたままの場所はまだ多い。
崩れた建物の撤去作業をしている連中もいれば、新しい資材を運び込んでいる商人たちもいる。通りの端では補修中の石壁へ職人が槌を振るっており、その横を子供たちが元気に駆け抜けていった。
忙しそうな顔をしている人間も、まだ山ほどいた。
けれど、不思議と街全体が沈み込んでいる感じはない。
大きな被害は出た。
死んだ人間もいる。
失われたものだって、決して少なくない。
それでもクルドの街は止まらない。
壊れたなら直す。
足りないなら補う。
誰かが倒れたなら、残った人間が動く。
そうやって、この街は昔から生き延びてきたのだろう。
失ったあとも、日々は続いていく。
そしてアタシもまた、その続きの中へ戻ってきた。
ケイト・クラークではなく、“マキ”として。
本日は18時10分にもう一度更新いたします。




