エピローグ 続いていく日々
最終話です。
お楽しみいただければ、応援をお願いします。
クルドの街は、忙しかった。
オーガキングを失った魔物たちは統率を失い、残党は森へ散り散りに逃げていった。
だが、被害は決して小さくない。
壊れた第一ゲートの修復。
瓦礫の撤去。
負傷者の手当て。
防衛戦を生き残った冒険者たちも、休む間もなく駆り出されていた。
街は、戦いの熱気を残したまま慌ただしく動き続けている。
――その頃。
ギルドの一室。
「あんた、報告を握りつぶした自覚あるの?」
冷たい声が落ちる。
ギルド受付主任は腕を組んだまま、机の前に立たされた受付嬢を鋭く睨みつけていた。
「森の異変報告。現場にも上にも回してない」
「そ、それは……確証がなくて……時間もなかったし……」
「だから取り合わなかった?」
ぴしゃりと遮られる。
「それで済む話だと思ってるの!!
判断を保留するのと、情報を止めるのは別よ」
逃げ場はない。
「結果的に街は守られた。でも、それはあんたの判断のおかげじゃない」
淡々と告げられる。
「処分は決定。減俸、配置替え、それと――一定期間、前線同行」
「……っ!」
顔が強張る。
「現場を知らないまま受付やってると、また同じことやるわよ」
視線が刺さる。
「……はい」
力なく、頷いた。
一方、その頃。
クラン〈翼〉の拠点。
「――で?」
低い声が響く。
ライアンが腕を組み、目の前の数人を見下ろしていた。
かしまし娘たちが、揃って正座している。
「キング倒したと思って、突っ込んだ?」
「う……」
「だって、もう動かなくて……」
言い訳が出かかる。
「確認は?」
一言で止まる。
「……してません」
「周囲の状況は?」
ライアンの問いに、かしまし娘たちは揃って視線を逸らした。
「……見てません」
消え入りそうな声で返事が落ちる。
その瞬間、部屋の空気が重く沈んだ。
ライアンはしばらく何も言わない。
怒鳴るわけでもない。
だが、静かに向けられる視線の方が、よほど痛かった。
「助けに来る気だったのは分かる」
低く落ち着いた声が、ゆっくりと響く。
「けれど、お前たちは周りが見えてなかった。まだ雑魚オーガも残ってたんだ。あのまま突っ込めば、普通に死んでたぞ」
ライアンの言葉に、かしまし娘たちは何も返せなくなる。
助けに行かなければと思った。
その気持ち自体は嘘ではない。
だが、感情のまま飛び出した結果、自分たちがどれほど危うい状況にいたのか、今なら嫌でも理解できた。
重苦しい沈黙が落ちる。
ライアンは小さく息を吐いたあと、さらに言葉を続けた。
「それと、もう一つある」
その声音に、娘たちの肩がびくりと揺れる。
「マキに対する態度だ」
鋭く向けられた視線に、誰も顔を上げられない。
「森の異変報告を軽く見て、注意もまともに聞かなかったらしいな」
「……っ」
誰も言い返せなかった。
自分たちは最初から、マキを色眼鏡で見ていた。
ライアンが気に掛けるのが面白くなかった。
新人のくせに妙に目立つのも気に入らなかった。
だから報告も軽く扱った。
そして東門では、“自分たちだって役に立てる”と証明したい対抗心のまま飛び出してしまった。
その感情任せの行動が、今回の失態に繋がっていた。
ライアンは娘たちを見渡しながら、静かに問いかける。
「結果、どうなった?」
答えは、誰の胸にも痛いほど突き刺さっていた。
東門は破壊され、多くの負傷者が出た。
そして、自分たちは助けられなければ死んでいた。
長い沈黙のあと、ようやく小さな声が落ちる。
「……すみません……」
消え入りそうな謝罪に、ライアンは小さく息を吐いた。
「処分は下す。今回の件を軽く済ませるつもりはない」
その言葉に、かしまし娘たちの表情が強張る。
ライアンは淡々と続けた。
「しばらく後方任務は禁止だ。前線に出てもらう」
「……っ」
「ただ戦うだけじゃない。周囲の確認、報告の共有、撤退判断まで含めて、一から叩き込む」
かしまし娘たちにとっては、厳しい内容だった。
だが誰も反論しない。
今回、自分たちがどれほど危うい行動をしたのか、もう理解していたからだ。
「話は以上だ」
ライアンは静かに告げた。
厳しい声音ではあったが、完全に突き放しているわけではない。
今回の失敗を、次で繰り返さなければいい――そんな意志も滲んでいた。
かしまし娘たちは顔を見合わせたあと、揃って深く頭を下げる。
「……はい」
街は、戦いの傷跡を残しながらも少しずつ前へ進み始めていた。
壊れた場所は修復され、人々もまた、それぞれの立場で変わろうとしている。
その歩みは決して早くはない。
それでも確かに、クルドの街は昨日とは違う景色へ向かって動き出していた。
街のあちこちで、復興作業が進む。
その中で。
「はいはい、そっち運んで!」
明るい声が飛ぶ。
マキだ。
瓦礫を軽々と持ち上げ、手際よく指示を出す。
「それ重いから二人で持てって! 無理しないで!」
倒れかけた木材を支えながら、今度は反対側へ声を飛ばす。
「そっちは先に通路確保! 怪我人通るから!」
休む暇もなく動き回るその姿に、周囲の冒険者たちが思わず目を丸くした。
「なんであの子、一人であそこまで全体を動かせるんだ……?」
「瓦礫運びながら全員に指示飛ばしてるの、普通におかしいでしょ……」
周囲がざわつく。
だけど本人は全く気にしない。
「ほ〜らぁ、手止まってるぞー!」
笑いながら、また動く。
その姿は。
みんな、どこか見覚えがあった。
少し離れた場所で。
ライアンが、その様子を見ていた。
「……」
腕を組み、無言で。
視線は、マキに向いている。
「……やっぱり……似てるな」
ライアンはぽつりと呟き、瓦礫運びを手伝っているマキへ視線を向けた。
軽口を叩きながら動き回る様子。
周囲をよく見て、さりげなく人を助けて回るところ。
妙に明るく振る舞うくせに、肝心なところでは無茶をする。
そんな何気ない仕草の端々が、どうしても記憶の中の誰かと重なる。
気のせいだ。
そう切り捨てようとする。
だが、戦場で見た“あれ”が頭から離れない。
振り下ろされる棍棒の前へ迷いなく割って入った背中。
無造作に束ねた長い髪。
そして、一瞬でオーガキングの首を断ち切ったあの剣筋。
「……ケイト……」
掠れるような声が、静かに漏れた。
ライアンは無意識のうちに、その名前をもう一度胸の中で繰り返す。
もちろん、返事などあるはずもない。
それでも、戦場で見た光景が頭から離れなかった。
「……生きているなら……」
そこまで口にしたところで、言葉が止まる。
もし本当にそうだったなら。
そう考えた瞬間、胸の奥で押し込めていた感情が崩れそうになった。
ライアンは小さく首を振り、無理やり思考を断ち切る。
そして視線を向けた先では、マキが冒険者たちに囲まれながら笑っていた。
その姿をしばらく黙って見つめたあと、ライアンはゆっくりと踵を返す。
「う〜〜ん……見てるねぇ……」
マキは瓦礫を抱え直しながら、小さく呟いた。
何気ないふうを装って視線を流せば、少し離れた場所に立つライアンと目が合いそうになる。
慌てて逸らした様子はない。
かといって、踏み込んでくるわけでもない。
「気づいてるのか、いないのか……」
思わず苦笑が漏れる。
あの勘の良さなら、何かしら感じ取っていてもおかしくはない。
だが、それでも今は、この距離くらいがちょうどいい気がしていた。
正体を明かすつもりはない。
少なくとも、まだ今は。
「ほら! そっち終わったなら、次こっち手伝って!」
マキが声を張ると、近くで作業していた冒険者たちが慌てて振り返る。
「マキさん、次どうします?」
「いい質問だねぇ」
にやりと笑いながら、マキは腰に手を当てた。
「まずは飯!」
「えっ!?」
「腹減ったまま動けるわけないでしょ。こういう時ほど、ちゃんと食べる!」
呆気に取られた顔のあと、あちこちから笑い声が漏れる。
張り詰めていた空気が、少しだけ和らいだ。
「よーし、片付けにキリつけたら
飯行くぞー!」
「おー!!」
返ってきた声は思った以上に大きい。
マキは思わず吹き出した。
見上げれば、空は高く青かった。
街にはまだ戦いの傷跡が残っている。
崩れた壁。
焼け焦げた瓦礫。
失われたものだって少なくない。
それでも、人は立ち止まらない。
怒鳴り合いながら瓦礫を運び、疲れた顔で笑い、また明日のために動き続けている。
その輪の中で、マキもまた笑っていた。
かつて“ケイト・クラーク”と呼ばれていた少女は、今は別の名前を名乗っている。
それでも確かに、この街で生きていた。
マキのお話は一旦終了です。
しばらく間を置いて細々でも、続けていければなあ…と考えてます。
追記
五月三十日より短期集中連載いたします。




