第九話 街を守る戦い
――その頃、西側では。
ライアンは、違和感を覚えていた。
「……数が減らない」
斬る。
オークが倒れる。
だが、次が無理に前へは出てこない。
槍を構え、距離を取り、じりじりと下がる。
「……?」
ライアンが眉をひそめた。
また一体斬る。
それでも戦列が崩れない。
押し返せそうで、押し返せない。
敵は必要以上に踏み込んでこず、こちらを足止めするように守勢を維持していた。
「妙だな……」
普通のオークの群れなら、とっくに熱くなって――特に下半身を滾らせて突撃してくる。
だが、こいつらは違う。
無駄に前へ出ない。
深追いを誘うように、じわじわ距離を取る。
まるで――
「時間を稼いでる……?」
足を止めかけた、その瞬間――
甲高い発射音とともに、信号弾が空へ撃ち上がる。
空に赤い閃光が咲き、続いて濃煙が東の空へたなびいた。
東門からの緊急警報――
「――っ!」
ライアンの目が見開かれる。
「しまった……陽動か!?」
東の空に広がる赤煙を見た瞬間、ライアンの表情が変わった。
歯を食いしばる。
嫌な予感が、最悪の形で当たった。
「東門がやられてる……!」
周囲の冒険者たちにも動揺が走る。
ライアンは即座に振り返った。
「選抜は俺と来い! 副長はここに残れ!」
鋭い声が飛ぶ。
「オークどもを足止めしながら全体をまとめろ! 街道を抜かせるな!」
「了解!」
副長が怒鳴り返す。
ライアンはさらに周囲を見渡した。
「機動力のある奴だけついて来い! 」
即座に数名が前へ出る。
クラン〈翼〉の精鋭たちだった。
ライアンは大剣を握り直す。
胸の奥で、焦燥が膨れ上がっていく。
間に合え。
まだ持ちこたえていてくれ。
「急ぐぞ!!」
叫ぶと同時に地面を蹴った。
西の戦線を後続へ任せ、ライアンたちは街へ向かって全速力で駆け出す。
背後ではなお、オークたちの鬨の声が響き続けていた。
東門へ辿り着いたライアンは、思わず目を見開いた。
ゲートは半ば瓦礫の山と化している。
砕けた柵。
崩れた石壁。
血と土埃の臭いが入り混じり、怒号と悲鳴が絶え間なく飛び交っていた。
「……まだ持っている?」
ライアンは思わず呟いた。
東門の正面、第一防衛線が崩れた直後――
そのすぐ後方、城壁内に急ごしらえで築かれた第二防衛線。
本来の街路を半ば塞ぐように、荷車や木材が積み上げられ、細い通路だけが残されている。
それは元からある構造ではない。
城壁沿いの倉庫や建物の配置を利用し、通行幅そのものを削り取るようにして作られた、即席にして強引な防壁だった。
東門からここまでは数十メートル。
ここを突破されれば、あとは住宅区へなだれ込まれるぎりぎりの場所だ。
その狭い通路で、冒険者たちが必死に踏みとどまっている。
押し寄せるのはオーガの先鋒。
巨体は門を抜けた勢いのまま広がることができず、圧縮されるように通路へ殺到してくる。
だが――ただ押し止めているだけではない。
隊列が妙に整っていた。
槍兵は不用意に前へ出ず、間合いを維持したまま突きを繰り返す。
後列の弓兵は即席の高所に位置を取り、途切れなく射線を通していた。
さらに、前線が押し込まれかけた瞬間だけ、まるで呼吸を合わせたように敵の圧がふっと崩れる。
(誰がこれを……?)
ライアンの思考が一瞬だけ止まる。
これほど戦場全体を捌ける人間となれば、ギルドマスター級の指揮だ。
だが、その姿は見えない。
――いや、それ以前に“指揮をしている気配”そのものがどこにもない。
その違和感を抱えたまま、視線の先で異変が動いた。
オーガジェネラルが、防衛線の中央へ食い込もうとしている。
「前を開けろ!!」
ライアンは腹の底から怒鳴った。
次の瞬間――彼は防衛線を蹴り抜くように飛び出し、そのまま敵集団へと突っ込んだ。
大剣が唸る。
横薙ぎの一撃が先頭のオーガソルジャーをまとめて吹き飛ばす。
さらに踏み込む。
二撃、三撃。
暴力的な剣圧で、戦列を無理やりこじ開けていく。
「ライアンだ!!」
――誰かが叫んだ。
「代表が戻ったぞ!!」
疲弊していた冒険者たちの顔に、一気に力が戻る。
「持ちこたえろ!!」
「押し返すぞ!!」
怒号が重なった。
崩れかけていた防衛線が、三度前へ出始める。
ライアンの突破力。
そして、誰かが事前に整えていた防衛の“形”。
それが噛み合った瞬間、戦場の流れが目に見えて変わり始めていた。
「いける……!」
「このまま押し切れ!!」
ライアンの突入をきっかけに、東門の防衛線は勢いを取り戻し始めていた。
オーガジェネラルすら真正面から斬り伏せるその姿に引っ張られるように、押し込まれていた冒険者たちも前へ出る。
怒号とともに反撃が重なり、じりじりとオーガたちを押し返していった。
だが、不意に前線の動きが変わる。
「……?」
オーガたちが一斉に左右へ散った。
逃げたわけではない――
まるで、何かを通すために道を開けたような動きだった。
ざわり、と空気が揺れる。
次の瞬間――
ずどん――。
重い振動が地面を伝った。
さらに、もう一歩。
瓦礫が跳ね、小石が震える。
その場にいた冒険者たちの顔色が変わった。
空気そのものが重くなったような圧迫感。
喉が詰まる。
呼吸が浅くなる。
「……く、来るぞ」
誰かが、震える声で呟いた。
瓦礫の向こう。
崩れた東ゲートの先から、巨大な影がゆっくり姿を現す。
オーガキング――
東門を破壊し、この襲撃を率いてきた怪物だった。
大きい――
ただ大きいという言葉では足りない。
周囲のオーガソルジャーが子どもに見えるほどの巨体。
隆起した筋肉は岩のように分厚く、片手で握る棍棒は丸太どころではない質量を感じさせた。
周囲のオーガとは、まるで格が違った。
そこにいるだけで、この場の支配者が誰なのかを理解させられる。
その巨体が姿を現した瞬間、戦場に漂っていた勢いも熱気も、一気に押し潰された。
「っ……」
前線の何人かが、思わず後ずさった。
理屈ではない。
本能が危険を叫んでいる。
まともに戦っていい相手ではない――と。
「臆するな――!!」
ライアンの怒声が飛ぶ。
びくり、と冒険者たちの肩が震える。
「ここで止めるぞ!!」
腹の底から響く声だった。
それだけで、崩れかけた足が止まる。
恐怖は消えない。
それでも、誰も逃げなかった。
ライアンはゆっくりと前へ出た。
瓦礫を踏みしめながら、真正面からオーガキングを見据える。
灰色の瞳は、一度も逸れない。
「……なるほどな」
低く漏らす。
実際に相対して、嫌でも理解させられた。
ただ巨大なだけではない――
呼吸の置き方。
重心の安定。
棍棒の構え方。
その巨体に似合わぬ“戦い慣れた動き”が見える。
ライアンは静かに息を吸い込み、全身へ力を巡らせた。
まともに打ち合えば、一撃で潰される。
だが――恐れるほどではない。
「面倒なのが出てきやがった……!」
そう零しつつも、口元に獰猛な笑みが浮かぶ。
これは、ただ暴れるだけの怪物ではない。
本気で斬り伏せるべき相手だ。
ライアンは周囲へ視線だけ向けた。
「援護はいらん。下がってろ」
短く告げる。
「――ここは俺がやる」
誰も返事をしない。
いや、できなかった。
超巨体と、人間――
向かい合うだけで空気が張り詰める。
ライアンは静かに剣を構えた。
ほんのわずか腰を落とす。
踏み込みの姿勢。
「来いよ――」
挑発するように言い放つ。
オーガキングが、ゆっくりと首を傾けた。
そして――
巨大な棍棒を持ち上げる。
空気が唸る。
次の瞬間――
大地を揺らすような衝突音が響き、ライアンとオーガキングが真正面からぶつかった。




