第八話 戦場を支える者
街東門・第二防衛線。
第一ゲートはすでに破られている。
街の内側――即席の防衛線。
荷車を横倒しにし、木柵を組み、瓦礫を積んだだけの粗い壁。
その前で、冒険者たちが必死に踏みとどまっていた。
「押し込まれるな!」
「ここ抜かれたら終わりだぞ!」
怒号と悲鳴が入り混じる。
――そこへ。
「散れ! 固まるな!」
魔法で声色を変えたマキの声が飛ぶ。
次の瞬間、淡い魔力の波が戦場を駆け抜けた。
身体が軽くなる。
視界が冴える。
踏み込みが、半歩深くなる。
「な、なんだこれ……!?」
「動ける……!」
全体に薄くかかる補助魔法。
底上げされた力が、崩れかけていた前線を支えていく。
「右を開けろ、流す!」
マキの広げた魔力は、今や戦場全体へ張り巡らされていた。
誰が押されているのか。
どこに隙が生まれるのか。
次に誰が斬り込むのか。
それらを俯瞰するように捉え続ける。
「今だ、行け!」
一人の冒険者が踏み込む。
剣が振り下ろされる――その瞬間。
ほんのわずかに……空気が裂けた。
――シュッ。
風が、刃の軌道に“重なる”。
「はあっ!」
振り抜いた剣が、想定よりも深く食い込む。
「切れた!?」
本人ですら驚くほどに。
だが、違和感は残らない。
“今の一撃で斬れた”と、自然に思える。
別の場所でも――
槍が突き出される、その刹那。
横から、ほとんど見えない風が添えられる。
貫通――
「いけるぞ!」
さらに別の場所では――
若い魔術師が、震える手で杖を構えていた。
狙う先は、前線へ迫るオーガソルジャー。
「くっ……!」
放たれた炎の槍が一直線に飛ぶ。
だが、弱い!
本来なら決定打にはほど足りない。
その瞬間――
炎槍へ、そっと別の魔力が重なった。
圧縮。
加速。
さらに見えない風が軌道をわずかに修正する。
次の瞬間、炎の槍は威力を増したまま一直線に突き刺さった。
「ギャアアァッ!?」
オーガソルジャーの胸を貫き、爆ぜる。
巨体が耐えきれず後方へ吹き飛んだ。
「い、いけた……!?」
魔術師自身が目を見開く。
自分の魔法とは思えないほど、綺麗に決まった。
周囲の冒険者たちが勢いづく。
「今だ!!」
「押せ押せ!!」
崩れかけていた防衛線が、再び前へ出始める。
誰も気づかない。
絶妙な加減で援護している存在に。
まるで、自分たちの力だけで押し返しているように――戦場の流れが繋がっていった。
「前、三歩出ろ! 今ならいける!」
誘導に従い、隊列が整う。
バラバラだった戦いが、一つの動きになる。
「……持ち直したか――これなら信号弾を見てライアンたちが戻るまで持ちこたえられるかな」
マキは防壁の内側、資材置き場の陰に身を潜めたまま、小さく息を吐く。
周囲から見れば、物資運搬に追われる下っ端の一人。
誰も、その小柄な少女が絶えず戦場全体へ意識を張り巡らせているとは気づかない。
(これなら……バレないよな?)
補助は広く、薄く。
干渉は一瞬だけ。
誰かの剣筋をほんの少しだけ押し出し、
誰かの足をわずかに軽くし、
誰かの防壁を一瞬だけ厚くする。
すべてを“偶然”に見せかけながら――
誰の攻撃にも“寄り添う”形で。
戦場そのものを、裏から操作していた。
だが――
地面が、重く鳴る。
ずしん、と。
「……来るか」
マキの視線が、奥へ向く。
その奥から現れるのは、
この場をひっくり返し得る存在だった。
「……来たぞ」
瓦礫を踏み越えて現れる巨体。
――オーガジェネラル。
「……冗談だろ」
誰かが呟く。
士気が目に見えて下がる。
「目ぇ逸らすな!」
変声したマキの声が叩きつけるように響く。
「でかいだけだ! 足止めしろ!」
言葉と同時に、強化魔法を重ねる――
「「盾隊、前! 受けて流せ!」
衝突――
防衛線が軋む。
「ぐっ……!」
だが、崩れない。
崩させない。
押し込まれた前衛の足元へ、マキは魔力を滑り込ませた。
地面の“踏み場”だけを一瞬だけ固める。
盾持ちの膝が止まる。
「まだだ! 押し返せ!」
その一瞬の拮抗を逃さず、後衛の火球が放たれる。
――それもまた、ただの火球ではない。
発動の瞬間、マキは術式の流れにそっと干渉していた。
燃焼の“芯”だけをわずかに強め、射出の軌道をほんの数寸だけ修正する。
火球がオークの密集地へ正確に突き刺さり、隊列が崩れた。
「……っ、今の効いたぞ!」
短い歓声。
だが、その余韻に浸る暇はない。
次の波がすぐそこまで迫っていた。
「……時間稼ぎが限界だな」
マキが小さく呟く。
(早く戻ってこいよ、ライアン)




