第40話:告白の前段階(不確定の恐怖)
静かな午後だった。
風が、ゆるやかに流れている。
特別なことは、何もない。
ただの時間。
ただの一日。
「……」
けれど。
胸の奥は、落ち着かない。
理由は、分かっている。
分かってしまっている。
「……」
視線を落とす。
手のひらを、軽く握る。
何かを確かめるように。
逃げ場を探すように。
「……」
言葉が、浮かぶ。
はっきりと。
否定できない形で。
“好き”
「……」
目を閉じる。
否定しようとして。
できない。
もう、誤魔化せない。
「……」
認識する。
これは。
イベントではない。
選択肢でもない。
数値でもない。
ただの——
感情。
「……」
息が、浅くなる。
胸が、わずかに痛む。
それだけで。
十分すぎるほどに、現実だった。
「……」
そして。
同時に、理解する。
この先にあるものを。
「……」
告白。
その言葉が、頭に浮かぶ。
かつては。
何度も経験したもの。
何度もやり直したもの。
最適な言葉を選び。
最適なタイミングで。
最適な結果を得るための——
“イベント”。
「……」
だが、今は違う。
何も保証されない。
何も補正されない。
何も戻せない。
「……」
静かに、呟く。
確認するように。
「……間違えたら、終わりますわ」
声は、小さい。
だが。
はっきりと、重い。
「……」
それは誇張ではない。
現実だ。
この世界では。
やり直しは、存在しない。
だから——
失敗すれば、それで終わり。
関係も。
時間も。
その後の未来も。
すべて、変わる。
「……」
逃げたくなる。
言わなければいい。
何も変えなければいい。
このまま、曖昧な関係でいれば——
失うことはない。
「……」
だが。
それは、本当に“残る”のか。
問いが、浮かぶ。
「……」
残らない。
分かっている。
このままでは。
何も決まらない。
何も始まらない。
ただ、消えていく。
曖昧なまま。
「……」
胸の奥が、締め付けられる。
選ばなければならない。
進まなければならない。
だが——
怖い。
あまりにも。
「……」
ゆっくりと、顔を上げる。
その先にいる。
アルト。
いつもと変わらない。
曖昧で。
読み取れない表情。
だが。
逃げていない。
ここにいる。
「……」
足が、自然と動く。
距離を詰める。
意識しないままに。
「……」
言葉を、探す。
うまく言えない。
整えられない。
それでも。
口を開く。
「……怖くないのですの?」
問い。
自分自身への問いでもある。
「……」
アルトは、少しだけ視線を落とす。
考えるように。
だが、長くはない。
すぐに、答える。
「怖いですよ」
あっさりと。
隠さずに。
誤魔化さずに。
「……」
その一言で。
胸の奥が、わずかに揺れる。
意外ではない。
だが。
どこか、安心する。
「……」
間が、落ちる。
短く。
だが、確かな沈黙。
その中で。
アルトが、続ける。
静かに。
「でも、それが普通です」
「……」
息が、止まる。
その言葉の意味を、理解するまでに。
ほんの少し、時間がかかる。
「……普通」
繰り返す。
確かめるように。
「……」
アルトは、頷かない。
ただ、言葉を重ねる。
「やり直せないなら」
「失敗するかもしれないなら」
「怖くて当たり前です」
静かに。
だが、揺るがずに。
「……」
その言葉が。
胸の奥に、落ちる。
ゆっくりと。
沈んでいく。
「……」
今まで。
避けてきたもの。
排除してきたもの。
“恐怖”。
“失敗”。
“間違い”。
「……」
それらは、すべて——
無駄だと思っていた。
取り除くべきものだと。
「……」
だが。
違う。
今は、分かる。
「……」
それがあるから。
選択になる。
それがあるから。
意味が生まれる。
「……」
小さく、息を吐く。
震えは、消えない。
怖さも、消えない。
だが。
それでいい。
それでいいのだと。
初めて、思える。
「……」
ゆっくりと、視線を上げる。
アルトを見る。
変わらない。
だが——
その存在が、少しだけ近く感じる。
「……」
口を開く。
今度は、はっきりと。
「……普通、ですのね」
確認。
そして、受け入れ。
「……」
アルトは、短く答える。
「はい」
それだけ。
それだけで。
十分だった。
「……」
胸の奥にあったものが。
少しだけ、形を変える。
恐怖のまま。
だが。
逃げる理由ではなくなる。
「……」
視線を前に向ける。
まだ、決断はしていない。
まだ、言っていない。
だが——
もう、分かっている。
進むしかない。
「……」
小さく、息を吸う。
震えたまま。
それでも。
「……言いますわ」
誰に聞かせるでもなく。
だが、確かに。
決めた。
「……」
恐怖は消えない。
だが。
それを抱えたまま。
進む。
それが——
“普通”だから。
(第40話 終)




