第38話:余韻(新しい世界)
静かだった。
あまりにも。
何も聞こえないほどに。
「……」
視界には、もう何も浮かばない。
あの表示も。
あの光も。
どこにもない。
ただの世界。
ただの現実。
「……」
ゆっくりと、息を吸う。
空気が、重い。
だが。
どこか、澄んでいる。
濁りのない感触。
「……」
一歩、踏み出す。
何も起きない。
何も導かれない。
正解も。
最適も。
示されない。
ただ——
自分で、決めるしかない。
「……」
小さく、笑う。
ほんの少しだけ。
「……不便ですわね」
かつてなら。
ありえない言葉。
だが。
否定ではない。
むしろ——
どこか、軽い。
「……」
顔を上げる。
世界は、変わっていない。
同じ庭園。
同じ空。
同じ朝。
だが。
決定的に違う。
“次が分からない”。
「……」
それでも。
怖くはない。
いや——
怖い。
だが。
それでいい。
そう思える。
「……」
振り返る。
そこに、二人がいる。
変わらず。
だが、もう——
“選択肢”ではない。
“人”として、そこにいる。
「……」
アルト。
曖昧で。
不確定で。
だが、確かにここにいる存在。
何も保証しない。
何も約束しない。
それでも——
消えない。
「……」
王子。
整っていて。
安定していて。
信頼できる存在。
正しい未来を、共に築ける人。
だが——
今はもう、“決められた答え”ではない。
「……」
どちらも。
間違いではない。
どちらも。
正解になり得る。
ただし——
それは、“自分で選んだ時だけ”。
「……」
ゆっくりと、歩き出す。
どちらへでもなく。
ただ、前へ。
「……」
思い出す。
かつての自分。
迷わず、最適を選び続けた日々。
間違いを排除し。
結果だけを追い求めた時間。
「……」
それは、否定しない。
あれもまた、自分だ。
だが——
今は違う。
「……」
足を止める。
ほんの少しだけ。
振り返る。
二人を見る。
「……」
そして。
ゆっくりと、口を開く。
「……まだ、分かりませんわ」
素直な言葉。
誤魔化さない。
決めつけない。
逃げもしない。
「……」
アルトは、何も言わない。
ただ、わずかに目を細める。
それだけで、十分だった。
「……」
王子もまた、静かに頷く。
急かさない。
押しつけない。
その距離が、心地よい。
「……」
選ばない、という選択。
今は、それでいい。
答えは、急がなくていい。
「……」
空を見上げる。
広い。
どこまでも続く。
何も決まっていない未来。
「……」
小さく、息を吐く。
そして。
ほんの少しだけ、笑う。
「でも——」
一歩、踏み出す。
今度は、迷わず。
「自分で選びます」
それだけで、十分だった。
完璧でなくていい。
間違ってもいい。
やり直せなくてもいい。
それでも。
ここにある時間は。
確かに——
本物だから。
「……」
風が、吹く。
静かに。
優しく。
新しい世界を、撫でるように。
そして——
物語は、続いていく。
誰にも決められない形で。
たった一度きりの選択を、重ねながら。
(第38話 終)




