第37話:決断(クライマックス)
光は、そこにある。
揺らぐことなく。
変わらず。
ただ、待っている。
「……」
誰も動かない。
セラフィーナも。
アルトも。
何も言わない。
すべては、委ねられている。
この手に。
「……」
ゆっくりと、息を吸う。
震えは、消えない。
迷いも、消えない。
だが。
それでも。
手は、伸びる。
光へと。
“最後のセーブ”へと。
「……」
指先が、触れる。
その瞬間——
視界が、白く満たされる。
王子の微笑み。
完璧に整えられた表情。
優しく。
穏やかで。
どこにも歪みがない。
その隣に立つ、自分。
何一つ間違えていない位置。
誰からも祝福される未来。
セラフィーナの視線。
揺るがない確信。
すべてを見通したような目。
選択を誤らなかった者の、完成された姿。
無駄のない人生。
最適化された時間。
欠落のない世界。
そして。
別の光景。
曖昧で。
不安定で。
整っていない時間。
言葉が噛み合わず。
沈黙が続き。
意味もなく過ぎていく瞬間。
アルトと過ごした、何でもない時間。
「……」
息が、止まる。
比べるまでもない。
正しさは、明確だ。
前者だ。
完璧な未来。
保証された幸福。
間違いのない人生。
「……」
だが。
それだけでは、終わらない。
残るものがある。
消えないものがある。
胸の奥に。
静かに。
確かに。
「……」
ゆっくりと、目を閉じる。
整理する。
逃げずに。
誤魔化さずに。
「……」
正しさは、ある。
否定しない。
間違っていない。
あの未来は。
確かに“正解”だ。
「……」
そして。
もう一つ。
言葉にならないもの。
だが、確かに存在するもの。
“残るもの”。
「……」
ゆっくりと、言葉にする。
噛みしめるように。
「間違えるかもしれない」
一歩。
踏み出すように。
「失うかもしれない」
息を、吐く。
震えたまま。
「それでも——」
目を開く。
光は、まだそこにある。
変わらず。
完璧なまま。
誘うように。
保証するように。
「……」
その前で。
静かに、手を動かす。
選ぶ。
逃げずに。
初めて。
自分で。
「……」
触れていた指先を。
そのまま——
“掴む”。
選ぶためではなく。
壊すために。
「……」
光が、わずかに揺れる。
予想外の動きに。
抵抗するように。
だが。
もう、止まらない。
「……」
握り締める。
強く。
迷いを断ち切るように。
そして——
叩き潰す。
音は、ない。
だが。
確かに、砕ける。
光が。
形が。
“可能性”そのものが。
ひび割れ。
崩れ。
砕け散る。
視界が、暗くなる。
白が、消える。
すべての表示が、消失する。
残るのは——
何もない世界。
予測も。
保証も。
やり直しも。
存在しない。
完全な。
不可逆の“今”。
「……」
静寂。
深い。
底のない静けさ。
「……」
ゆっくりと、息を吸う。
重い。
だが。
確かに、生きている。
「……」
言葉を、紡ぐ。
誰に向けるでもなく。
だが、確かに。
「それでも、“今”を選びます」
小さな声。
だが。
揺るがない。
初めての。
“自分の選択”。
「……」
光は、もう戻らない。
セーブも。
ロードも。
存在しない。
すべては、一度きり。
「……」
それでも。
視線を上げる。
前を見る。
そこには——
未来は、ない。
だが。
道は、ある。
自分で進むしかない道が。
「……」
アルトが、そこにいる。
変わらず。
だが、少しだけ。
表情が、柔らいでいる。
「……」
セラフィーナも、いる。
静かに。
その選択を見ている。
否定もせず。
肯定もせず。
ただ、評価するように。
「……」
すべてが、終わった。
そして——
すべてが、始まる。
(第37話 終)




