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全てをやり直せる悪役令嬢ですが、本命の好感度だけ操作できませんわ  作者: 南蛇井


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第36話:セラフィーナの肯定

空気が、張り詰めている。


 


 光は、まだそこにある。


 


 指先に触れかけたまま。


 


 動かない。


 


 動けない。


 


「……」


 


 時間が、伸びる。


 


 一瞬が、やけに長い。


 


 呼吸の音だけが、やけに大きく響く。


 


「……」


 


 アルトは、何も言わない。


 


 ただ、そこにいる。


 


 選ばせるために。


 


 何も押しつけずに。


 


 その“余白”が、逆に重い。


 


 そして——


 


 その静寂を。


 


 正確に、断ち切る声が落ちる。


 


「選びなさい」


 振り返る。


 


 ゆっくりと。


 


 逃げ場のない動きで。


 


 そこにいるのは——


 


 セラフィーナ。


 


 変わらない。


 


 完璧に整った姿勢。


 


 揺るがない視線。


 


 すべてを見通すような眼差し。


 


「……」


 


 何も言えない。


 


 その存在だけで、空気が変わる。


 


 曖昧さが、消える。


 


 不確定が、許されなくなる。


 


「……迷っているのですね」


 


 静かな声。


 


 だが。


 


 そこに含まれるのは、理解ではない。


 


 評価だ。


 


 分析だ。


 


 切り分けだ。


 


「……」


 


 否定できない。


 


 その通りだから。


 


「……」


 


 セラフィーナは、一歩近づく。


 


 迷いなく。


 


 確信を持って。


 


 その距離が。


 


 圧になる。


 


 逃げ場を、奪う。


 


「それは、誤りですわ」


 即断。


 


 余地のない否定。


 


「……」


 


 胸が、わずかに締め付けられる。


 


 だが。


 


 言い返せない。


 


 言葉が、足りない。


 


 まだ、自分の中で答えが出ていないから。


 


「選択とは」


 


 セラフィーナは続ける。


 


 ゆっくりと。


 


 だが、確実に。


 


「結果のためにありますの」


 


 一言一言が、正確に積み上がる。


 


 反論の余地を削るように。


 


「最善が存在する以上」


 


「それを選ばない理由はありません」


 


 論理。


 


 完璧な構造。


 


 隙がない。


 


「……」


 


 息が、詰まる。


 


 それは、正しい。


 


 否定できないほどに。


 


「……ですが」


 


 かすれた声で、絞り出す。


 


 何かを。


 


 何かを掴もうとして。


 


「……それでは」


 


 続かない。


 


 言葉が、足りない。


 


 理由が、見つからない。


 


「……」


 


 セラフィーナは、それを見逃さない。


 


 わずかに、微笑む。


 


 理解した上で。


 


 切り捨てるように。


 


「最善を捨てる理由は存在しませんわ」


 決定。


 


 完全な否定。


 


 余地の消滅。


 


「……」


 


 何も言えない。


 


 言葉が、崩れる。


 


 論理が、崩れる。


 


 自分の中の“迷い”が、否定される。


 


 価値が、ないものとして。


 


「迷いは誤差です」


 


「感情はノイズです」


 


「不確定は、排除されるべき要素です」


 


 一つずつ。


 


 丁寧に。


 


 すべてを、無価値へと分類していく。


 


「……」


 


 心が、揺れる。


 


 強く。


 


 深く。


 


 その言葉に、引き寄せられる。


 


 これは、正しい。


 


 間違いがない。


 


 だから——


 


 選ぶべきだ。


 


「……」


 


 指先が、再び動く。


 


 光へと。


 


 確実な未来へと。


 


 今度こそ。


 


 迷いを捨てて。


 


「……」


 


 だが。


 


 その動きを。


 


 止めるものがある。


 


 声ではない。


 


 言葉でもない。


 


 ただ。


 


 そこにいる存在。


 


「……」


 


 視線が、横に流れる。


 


 アルト。


 


 何も言わない。


 


 ただ、見ている。


 


 止めない。


 


 引き留めない。


 


 選ばせる。


 


 その在り方が。


 


 逆に——


 


 重い。


 


「……」


 


 セラフィーナの声が、重なる。


 


 さらに圧を強めるように。


 


「それは、義務ですわ」


 


 断言。


 


 逃げ場を封じる言葉。


 


「選べるのに選ばない」


 


「それは、誤りです」


 


 完全な断罪。


 


 正しさによる支配。


 


「……」


 


 心が、引き裂かれる。


 


 正しさと。


 


 不確定の間で。


 


 どちらも、理解できる。


 


 どちらも、否定できない。


 


「……」


 


 光が、揺れる。


 


 強く。


 


 魅力的に。


 


 すべてを保証するように。


 


「……」


 


 アルトは、動かない。


 


 ただ、そこにいる。


 


 選ばれなくても。


 


 消えるかもしれなくても。


 


 それでも。


 


 そこにいる。


 


「……」


 


 息が、震える。


 


 答えが出ない。


 


 出せない。


 


 どちらを選んでも。


 


 何かを失う。


 


「……」


 


 セラフィーナが、最後に言う。


 


 静かに。


 


 だが、決定的に。


 


「選びなさい」


 アルトは、何も言わない。


 


 ただ、そこにいる。


 


 それが、答えのように。


 


「……」


 


 光と。


 


 現実。


 


 正しさと。


 


 不確定。


 


 その狭間で——


 


 立ち尽くす。


 


「……」


 


 もう。


 


 逃げ場はない。


 


 三者が、揃っている。


 


 価値観が、すべて出揃っている。


 


 あとは——


 


 選ぶだけ。


 


「……」


 


 指先が、震える。


 


 光の中へ。


 


 それとも。


 


 ここに留まるか。


 


 その選択が。


 


 すべてを決める。


 


「……」


 


 沈黙が、落ちる。


 


 深く。


 


 重く。


 


 逃げ場のない形で。


 


 そして——


 


 決断の瞬間が、近づいていた。


(第36話 終)

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