第35話:アルトの拒絶
や。
理解してしまう。
「……何が」
かろうじて、問い返す。
だが。
答えは、もう決まっている。
アルトは、こちらを見る。
まっすぐに。
逃げずに。
「ここまでの選択が」
「あなたが選んできた全部が」
静かに。
だが、確実に。
重ねる。
「なかったことになります」
その瞬間。
胸の奥が、大きく揺れる。
強く。
深く。
「……」
頭の中に、浮かぶ。
これまでの時間。
ズレた会話。
上手くいかなかった瞬間。
考えて、迷って。
選んできた、一つ一つ。
不格好な選択。
でも——
確かに、自分で選んだもの。
「……」
それが、消える。
すべて。
最適化された未来の中で。
“なかったこと”になる。
「……」
手が、震える。
光に触れかけたまま。
動けない。
「……それでも」
声を絞り出す。
まだ、抗う。
「それでも、正しい未来なら——」
言い切る前に。
アルトが、言葉を重ねる。
遮るように。
「それを選ぶなら」
一拍。
静かに。
確定するように。
「もう、ここにはいない」
世界が、止まる。
音が消える。
呼吸が、抜ける。
「……」
意味が、分からない。
分かりたくない。
だが。
理解してしまう。
「……どういう、ことですの」
かすれた声。
震えを抑えきれない。
アルトは、少しだけ目を伏せる。
そして。
簡単に言う。
「その未来に」
「自分はいないからです」
あまりにも、あっさりと。
だが。
それが、すべてだった。
「……」
言葉が、消える。
思考が、止まる。
映像が、流れる。
先ほど見た未来。
完璧な結婚。
整った人生。
満たされた時間。
——そこに。
確かに。
いなかった。
どこにも。
一度も。
「……」
気づく。
遅れて。
はっきりと。
あの未来には。
アルトが、存在しない。
必要とされていない。
最適化された結果として。
“排除されている”。
「……」
胸の奥が、強く痛む。
理由もなく。
説明もできずに。
ただ、痛い。
「……」
アルトは、続ける。
静かに。
変わらず。
「それを選ぶなら」
「ここまでのあなたも」
「全部、消えます」
視線が、重なる。
逃げ場はない。
「……」
言葉が出ない。
否定も。
肯定も。
できない。
ただ。
揺れる。
大きく。
深く。
「……」
手が、動かない。
光に触れたまま。
進めない。
引けない。
「……」
心の奥で、何かが叫ぶ。
正しさを取れと。
保証を選べと。
それが、最善だと。
だが。
同時に。
別の何かが、確かにある。
言葉にならない。
形にならない。
それでも——
消したくない何か。
「……」
アルトは、それ以上何も言わない。
ただ、待っている。
選択を。
強制せず。
誘導せず。
ただ、“そこにいる”。
「……」
指先が、震える。
決められない。
決めたくない。
だが——
選ばなければならない。
「……」
光が、静かに揺れる。
誘うように。
保証するように。
完璧な未来を。
「……」
そして。
その隣に。
何も保証しない現実がある。
曖昧で。
不確定で。
だが。
確かに、ここにある“今”。
「……」
息を吸う。
深く。
震えながら。
まだ、決められない。
だが。
もう、戻れない。
この選択は。
すべてを分ける。
決定的な分岐。
「……」
静寂の中。
手は、止まったまま。
答えは、まだ出ない。
だが——
もう。
逃げることはできない。
(第35話 終)




