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全てをやり直せる悪役令嬢ですが、本命の好感度だけ操作できませんわ  作者: 南蛇井


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第34話:最後のセーブ(転換点③)

静寂が、続いていた。


 


 夜は明けきらず。

 空は、まだ薄暗い。


 


 世界は、止まったままのように静かで。


 


 何も起きていない。


 


 ——はずだった。


 


「……」


 


 窓辺に立つ。


 


 冷たい空気。


 


 触れれば確かに“今”がある。


 


 それでも。


 


 どこか、現実が遠い。


 


「……」


 


 すべてを知ってしまったから。


 


 やり直しではないこと。


 


 選び捨ててきたこと。


 


 取り戻せないこと。


 


「……」


 


 胸の奥に、重さが残る。


 


 消えない。


 


 消えないまま——


 


 そのとき。


 


 ふ、と。


 


 視界の奥で、何かが“揺れた”。


 


「……?」


 


 反射的に、目を細める。


 


 見間違いではない。


 


 確かに。


 


 そこに。


 


 “何か”がある。


 


「……」


 


 薄く。


 


 かすかに。


 


 だが。


 


 はっきりとした形を持って。


 


 現れる。


 


【FINAL SAVE SLOT】


 呼吸が、止まる。


 


「……」


 


 ありえない。


 


 消えたはずのもの。


 


 失われたはずの機能。


 


 それが。


 


 今。


 


 目の前に。


 


 存在している。


 


「……」


 


 手が、震える。


 


 理解が追いつかない。


 


 だが。


 


 直感する。


 


 これは——


 


 “最後”。


 


 例外。


 


 終わりに用意された、ひとつだけの選択。


 


「……」


 


 ゆっくりと、手を伸ばす。


 


 触れるかどうか。


 


 その距離で、止まる。


 


 触れてはいけない。


 


 そんな予感がある。


 


 だが。


 


 目を逸らせない。


 


「……」


 


 表示が、わずかに揺らぐ。


 


 次の瞬間。


 


 流れ込んでくる。


 


 光のように。


 


 映像のように。


 


 無数の“未来”。


 


 白いドレス。


 


 祝福の声。


 


 王子の隣に立つ自分。


 


 微笑み。


 


 完璧な角度。


 


 完璧な関係。


 


 豪奢な城。


 


 人々が頭を垂れる。


 


 名が広まり。


 


 権力が集まる。


 


 失敗のない日々。


 


 穏やかな時間。


 


 何も欠けない生活。


 


 すべてが整った幸福。


 


 不安も。


 


 迷いも。


 


 存在しない世界。


 


「……」


 


 息を呑む。


 


 美しい。


 


 あまりにも。


 


 整いすぎている。


 


 無駄がない。


 


 欠陥がない。


 


 ——完璧。


 


「……」


 


 分かる。


 


 これは。


 


 すべての分岐。


 


 すべての可能性。


 


 その中から。


 


 “最善だけ”を選び取った未来。


 


「……」


 


 指先が、震える。


 


 触れればいい。


 


 それだけで。


 


 この未来が、手に入る。


 


 保証された結末。


 


 間違いのない人生。


 


「……」


 


 頭の中に、声が響く。


 


 かつての自分。


 


 迷いなく言えた言葉。


 


 何度も繰り返してきた信念。


 


「……」


 


 口が、自然に動く。


 


 抗えないように。


 


「……これが、正解」


 静かな確信。


 


 疑いのない結論。


 


 ここに、答えがある。


 


 ここに、最適がある。


 


 ここに、間違いのない未来がある。


 


「……」


 


 心が、揺れる。


 


 強く。


 


 大きく。


 


 引き寄せられる。


 


 これは。


 


 拒む理由がない。


 


 選ばない理由がない。


 


 むしろ——


 


 選ばなければならない。


 


「……」


 


 だが。


 


 その中に。


 


 ほんのわずか。


 


 混じるものがある。


 


 映像の中に。


 


 存在しないもの。


 


 欠けているもの。


 


「……」


 


 探す。


 


 無意識に。


 


 目で追う。


 


 だが。


 


 どこにもない。


 


 どの未来にも。


 


 どの分岐にも。


 


 ——存在しない。


 


「……」


 


 胸の奥が、引っかかる。


 


 小さく。


 


 だが、確かに。


 


 違和感。


 


「……」


 


 何が、ない?


 


 何が、欠けている?


 


 問いが、浮かぶ。


 


 だが。


 


 答えは出ない。


 


 出そうとすると。


 


 映像が、強くなる。


 


 光が、増す。


 


 完璧な未来が、押し寄せる。


 


「……」


 


 思考が、埋め尽くされる。


 


 正しさで。


 


 最適で。


 


 保証で。


 


 逃げ場のない魅力で。


 


「……」


 


 手が、動く。


 


 無意識に。


 


 ゆっくりと。


 


 表示へと、近づいていく。


 


 あと少しで。


 


 触れる。


 


 その距離。


 


「……」


 


 止まれない。


 


 止められない。


 


 これは。


 


 選択ではない。


 


 “確定”だ。


 


 そう思いかけた、その瞬間——


 


 胸の奥が、微かに揺れる。


 


 かすかな違和感。


 


 言葉にならない何か。


 


 だが。


 


 それはまだ、小さい。


 


 押し流されるほどに。


 


「……」


 


 指先が、光に触れようとする。


 


 その直前で——


 


 世界が、息を潜めた。


 


 何かが、来る。


 


 そんな予感だけを残して。


(第34話 終)

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